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あーした天気になーれっ。

調子が悪いときのカンフル剤

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自分が作りたいもの、売りたいもの


生きる飢えで必要のないものが創りたい

いま打っているものは 世の中に必要の無いものだと思っている

これが矛盾、 盾と矛

「こんなものが作りたいんです!でも世の中の役に立ちません」

実学じゃない学問に惹かれるように

ギターやピアノ そして役者の声や Jリーガーの叫び声に感動するように

生きる飢えで 表面上は必要の無いものを創りたい。


必要はない、ただ存在する意味はある。

そしてそれがビジネスとして成立している。

いい世の中だ。 


たぶん自分が必要だと思う判断基準や評価、
はたまた定義が違うのかもしれない


水道や電気が無くちゃ生きていけないけど
サッカーや音楽が無くても生きていける


生きていく上で必要でないもの 

MIXIもインターネットも同じ、無かった時代には
無いことが当たり前だった。

無かったけど たぶんというか絶対 誰かが皆が
必要としていたからこそ生まれた何か。

それがないのであれば この中から無駄が無くなってしまう。

こんなんあればいいのに。 とかじゃなくて

「これがあるから生きてて良かった」 そう思えるようなこと。

生きるために必要なことじゃなくて

活きるために必要なこと。

いまそれを表現するのは難しいことなんだろか

誰かが活きるために。いま。

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何も無い雨の日曜日


大阪が首の皮一枚残った。
浦和が勝ちきれなかった
東京が意地を見せた
フリューゲルスが帰ってきた

スポーツニュースで少し泣いた。


何も無い雨の日曜日。

晴れやかな舞台が輝いていた。

沢山のフラッグと声援と涙と。
その裏の 客席から見えない裏側に。

言い換える言葉のないほどの恥ずかしさに
押しつぶされて流れ出た。

舞台が華やか過ぎて とか 
怖くて飛び込む勇気がない とか
いまの自分じゃ なんて 。


冷静に熱く考える。

一生表舞台に上がることがない裏方で
報われるかどうかも分からない忍耐と
価値のわからない何かに
道筋も分からないまま
毎日のレンガを積み上げること

それを楽しめるようになるんだろうか

好きなことを仕事に。
弱音でしかない。

ポジティブになる必要は無くて
楽しめればいい。

もっと楽しく。

ボールを蹴るだけで楽しいと思えるような。
そんな毎日に。

1行1行のプログラミングや
数回も繰り返される見積作成
それに電話や訪問や社内折衝。

その先に見えるものをちゃんと見据えて
その全てを楽しめるように。

確信なんて持てないことはもうわかってる
だからこそ、小さくても楽しさを見つけよう。

信じることなんて無くてもいいし、そんなもん
探したって見つからんのやから。

ただ、暗闇に向かって歩くための小さな灯り。
何もない雨の日曜日に。何もないことが分かった。


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感覚が鈍くなる感覚がする

Blogがむかしのように書けなくなって
ちょっとなんだか寂しい気分にもなりつつ
書いてる文面とか表現とか 我ながら
気持ち悪いくらいの訳わかんなさ。
あと言葉がきもい。



もっとストレートに自分の言葉を表現できればいいのに
って 社会に転がり込んでからずっと考え込んでる。
言葉はインターフェイス? 物理層からやりなおさなあかんのか。



給料日の自分へのご褒美に バターチキンカレー&ナンを食べて
帰りにTSUTAYAによってアルバムをいっぱい借りこんで。 



いまを見てないだけなのか ただ馬鹿なのかわかんないけど
冬になってまた調子が悪い。 有る意味自分らしくなる。 
「逆境って生きてる実感があるじゃないですか?」 元日本代表FW鈴木の言葉。
ナンも考えなしに転がってしまってるのが 一番呆けて惚けて馬鹿な馬場。



小学校はマキハラとチャゲアス 中学でミスチル 高校でウルフルズと椎名林檎で
大学に入って矢井田とGOGO7188 最後のほうにBUMP。 
いまはなんだろ。 毎日の仕事にテーマソングがない。
「駄目な自分を...」ってフレーズの曲名のわかんない唄かもしんないけど
以外と中島美幸なのかもしれない。



でも何も考えないで車の中で唄を聞いてる時間が一番らく。 これが逃避か。



寒くなると布団に包まって何もしたくなくなる。 池袋(って書くけどちょっと違う)の家でベッドの上からカーテンを引き下げて雪を見た。そんな断片的な記憶だけ 妙に鮮明に残っている。京王線の電車から見た緑とか。 大学の講堂の下の黒い影とか。中野と馬場の間の道の藍。淀屋橋から見える褐色の空。そういえば夢の頻度も増えてきた。 これをちょっといいほうに転化できそうな気がする。自分の皮をすべて引っぺがして見えるもの。嫌な部分も何もかも。癖も言葉も顔も心と夢も。足りないのは夢の裏側に潜んでいる何か。過去か現状か本質か闇。もしくは何も無いのか。何度もいってるけど書くこと。でもこのブログに書けなくなってきてるのは誤算だった。

自分のノートに書くことが 多すぎて整理できなくて埋もれてく。 まとめてテキスト化して。常に見返すことができるように。1冊が終わった。次の1冊がスタートした。 12月中に一度すべてのノートに点在している言葉を拾い集めてみる。年賀状も書かなきゃいけんけど炬燵の中でできる非生産的なみかんの投資。凍え死ぬ前に洗いざらいに。最大限にきもいけど、独りでいる時間を過ごすことで自分の嫌な部分とか見えて自分が嫌いになって、少し前に進んで行ってた気がする。誰かに相談することもあったけど基本は蛹みたいに腐らない程度にゴミの溜まった部屋で考え込んで引き篭もって寒さに震えて寂しくなって。いまは見つけなきゃいけないことや考えなきゃいけないことができていない。原因は? 寂しいとか悲しいとか、誰かを殴っている姿や崖から背中を押される恐怖や、ガッツポーズをしている顔や流す涙のその温かさや。それを感じることが出来なくなってた、正直ここたぶん数ヶ月。毎日をこなす事は勿論必要。ただそのまま流されたら何にもならなくなる。1つのトレーニングが終わった後に乳酸値を図るように。なんてわかりにくい喩。だけどターニングポイントは自分で作らないと何にもならない。そういった意味で冬はとても大切な季節。

今日のBGMはくるりの「虹」でした。そろそろユニコーンの季節です。




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自己否定

自己否定こそが正だ

生きていることに疑問を持て

いつ終わるかわからない曲で

椅子取りゲームをしている間。
欠伸と至福と快楽と。
痛みと嗚咽と偏頭痛。
ゲームから降りるその前に
その掌見返して。

奏でる音のない左腕と
掴むことのない右腕が。

できることは ただ 地を這うこと

葦の力だけで進めるほど

椅子は簡単には座れない

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組み込みソフトウェア

テレビ番組 ワールドビジネスサテライトで

組み込みソフトウェアの特集をしてました。
重要なのはソフトのチェック機能...とか
組み込みソフトの人材不足...とか

うーん。人に物理的な意味で危害を加える
可能性のあることだけど、FさんとかNレゾさん
とかもインタビューで「問題だ。問題だ」って
言ってたけど。

ほんとの意味で問題視されることなんてあるのかな。
家族に聞いてもピンとこない。

やってるこっちもピンとこない。 

どないかせなあかんのは みんなわかってるけど
どうしようもできていないのが いまの現実の場
なんだろか。

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怖い


日曜日の夜のサザエさん症候群の症状なのか

もう何もかも飾らない言葉で言うと 怖い

でもこんなBlogだから笑顔で言えるのかも。

無駄に寝れなくなって 無駄に疲れて 

無駄に遅くなって 無駄に食べて 無駄に太って。

何が無駄かって無意味に 無作為に 目的もなしにいること。

平々凡々と何も起こらないように過ごすことが 

自分を甘やかしていくことはわかりきったことだけれども

進んだ先に何があるかをちゃんと思い描いてないと

道に迷うどころか 歩く道から棄権する危険。

強制力がないと動けない人間だから 自分に必要なもの

別に失敗しても 死ぬわけじゃない。

でも物理的に死ななくても社会的には簡単に死ねる。

癒されるだったり 逃げたい ってことは ただの一時しのぎにしかならない

土日を休養に当てるのではなく 準備に当てること。

そのために必要なのは 自分の頭の整理。 

休日のメンターがいない。

コーチを探すこと。 あとはこのブログに書いてることを少しでも実行に移す。


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理想の姿マイナス現状イコール課題

めっさ思うこと 自信の無い自分の姿

何がしたいか どうしたいか どうなりたいか 何が必要か 何をすべきか

生きたいか? 漫画にすら問われるような一日。 



100万回の 「死んじゃいたい」 は

たった1回の 「死んでもいい」で 報われる

そんな台詞が頭から離れなくて



無駄に投げ出すアクセルの足が 誰かのために

まわりにいる人を楽しませたい 幸せにしたい

満足させたいと 思うことを思い起こさせて。

生きることはサービス業。 



どうなったら自分と人が幸せになるか。 

嫌な時だってきっとある。軋轢や痛みや虚しさや憎しみや。
もういいや って思っちゃうことも。 
嫌やな ってすぐに思ってまうことも。
卑下た顔した自分の姿も。

二十数年間過ごしてきたものが 簡単に変わるわけないなんて。

そんな思いが消えないときもあったけど。



考えることは生きること。 もうちょっと考える。 



行きたい様に行くことが大切か 行きたい場所に行くことが大切か。



人は独りでも生きていける。

でも 独りじゃないほうが きっと楽しくなる。

それを見ていたから。 だから並びたい。



溶鉱炉に飛び込む勇気 熱風をちゃんと身に受けて

逃げない 避けない ちゃんと見る 

何だっていいから 転炉に鉄くずを流し込む。 

鉄くずだって何だって 自分の手で創ること。



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眠れない夜



副題は「将来に対する漠然とした不安」

 ありきたりだ。

何かに意味を見出そうとする行為は 

星を捕まえようとするスターゲイザーのように。

Catchastar

人は絶望を知っていても それでも尚 

前に進もうとする姿がカッコイイ。

誰かの言葉だったような。 覚えてるようで 忘れたみたい。
革新を確信に。

どこかにいきたいという気持ちは 生きたいという気持ちと同じくらい 脆くて尊い。

転職は慎重に 。 

どこかの会社のキャッチコピー。 毎日を小さくても前に進むこと。

ここじゃないどこかに。 いまの自分より 明日の自分は前に進んでる。 

怖くても。 焦っても。 泣きたくても。 ベッドから地面に足をつける一歩が 

たとえ絶望から始まったとしても。 何もない日はない。 

何かある。 何かを見つける。

探さなきゃ見つからない。 それでは。 明日の日常に良い検索を。



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デジハリとか


営業をしてても物作りができるわけじゃないってこと

というか物を作るスキルや方法論は営業には求められていなくて
「これを作ったらどうなるか?」 「何のためにいくらでいつまでに作るねん?」
ってのを追い求め続けるのが営業

「どうやって作るか」を追い求めるのが技術。
自分のやりたいことはその両方が必要。

だったら他で学ぶしなかない。 というわけでデジハリ

弁護士だからロースクールだ 会計士だからダブルスクールだ
ってくらい安直な考え 自分でやりゃええやん? それはわかってる。

ほんま限られた時間の中で やりたいことをやるために必要なやりたくないことを
どうやって効率的にやっていくかということ。

ことこと。 自分マネジメント 。 生きるうえでの基本。

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気づいてしまった


何かを売りたいわけでもなく
誰かにそれを請負で創って欲しいわけでもなく

自分が作ったものを 自分で売りたいんだ

我儘の境地。

自分に創れるものはタカが知れている。

いまあるリソースを最大限に出来る限り有効に
自分の作りたいものを創れるように 

簡単じゃなくても面白いこと

請負から始まるサービスモデルなんてひょっとしたら
ないのかもしれないけど。


作ってく過程に違いはない

お客さんの求めるものを想いにして 形を作る


ただそれだけ でもそれだけ。


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