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アリアハンを抜けて。



9月で大阪に帰ってきて1年が経つ。
同じ営業部に新人も配属される。

2010年まであと4年。とか言ってるけど
去年と比べてみたとしても、まだ今は、
アリアハンを抜けてスライムと戦ってるレベル。



どんなにピンチになっても死ぬことは無いくらいに
街との距離を保ちながら。 HPが20を切って
手元に薬草が無くなったら宿屋に帰る。
こんなことを繰り返すゲーマーは 
死ぬ回数は少ないけれど 攻略に時間がかかる。



はじめて街の外に出て気づいたこと。

それは自分の手元にある欠点と
あまりにも少ないMPとHPと武器。

・ 新しい魔法を覚えるまでに時間がかかる。
・ 疑問を持つことができない。反骨心がない。
・ 必死にHPが一桁になっても外に出ることができない。
・ アイテムに気がつかない。街の人の言葉を聞き逃す。
・ モンスターが仲間にならない。

合言葉は「命を大事に」 大切にするものなんてないはずなのに。
「ガンガン行こうぜ」 スライムも倒せないのに次の街に行けるんだろうか。



恵まれている。少しいい意味で。もうちょっと悪い意味で。

サテライト(2軍)に出ているだけで満足するようなスポーツ選手。
卑下すべきパーティー。独りだけで戦っていては危機感を覚えることもできない。

ビジネスはオンラインゲーム。いま自分がサボっている時間にも 東京では同じ時が過ぎている。




自分は人より時間がかかる。




それならば 常に外を出歩けばいい。 スライムと100回戦えば
否が応でもレベル1から2に上がる。 具体的には時間。
集中して、やらなければいけないことに、いまある物をすべて賭ける。

メラくらい覚えて唱えられるかもしれない。




成果は 自分が出来ないこと が明確になったことのみ。

どのレベルまで上げれば ラスボスと戦えるようになるのかも
いまはまだわからないままで。

自分の立ち位置を知る。地図も何も無い場所で。街の歩き方すら
いまはまだ覚束ない。 正直2年前のほうが覇気と根拠の無い強さ
があった。いまはそれが嬉しいことに無くなって来ている。
なんのために。誰のために頑張れるのか。スライムと戦い続けることに
目標や意味を見出すことは難しい。上に上がることに対する意識。
戦う意味なんてあるのか。世界を救うなんて大儀面分も無い。
ほんとに無いのか。世界は救えなくても、自分にやれることがある。
自分だけのためでも。顔の見えない誰かのためにでも。お城のためでも。

アリアハンの上に村がある。その右にはワープする祠。 
それがどこに繋がっているか。 そこからは妄想の世界だ。
嬉々として妄想する。まだ見ぬ世界を夢見て血を流すのも悪くない。

期待とは裏切られるもの。 たとえ裏切られたとしても。その期待のために
戦ってきた経験値が。 新しい呪文を教えてくれる。 

もっと期待を。妄想を。夢を。大風呂敷を。 何がしたいのか。
何が実現できたらいいのか。何が幸せなのか。嬉しいのか。満足なのか。
そのためにはどうすればいいのか。経験値をためて何のジョブを得る。
格闘家か賢者か遊び人か。同じ営業でも必ずそのタイプは違う。
何を目指すか。何に適正があるか。バッカスのような営業にはなれない。


パルプンテを唱えたい。 自分の視線が鉄棒と同じくらいの高さだった頃の
セピア色の夕暮れの景色に 魔法を唱えるだけの力とMP そして金を。

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