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来場者把握-マーケティングリサーチ




思いつくままに羅列。マインドマップにいつか書かねば。



たとえば大阪で開かれる世界陸上

その来場者が 
なぜ世界陸上の存在を知って 
どこでいくらでチケットを買って 
誰とどうやってどこから来ていて
長居でどんな経験をすることができて

次にまた陸上の試合を見たいか
ということを それこそ5万人把握することは
本当に可能なのだろうか


去年住宅業界に営業を行っていた。
その際にたとえば住宅展示場に来場した人や
一人の営業マンが接している顧客に対して

上記の5つを全社共有することの出来ている会社なんて
それこそ「そんなことできたらいいんだけどね」って言葉を
いったい何回聞いてきたか。

考え方は確立されている。サービスマーケティングの部門の
進化は高いレベルまで達してきている。 次はその方法論。

WEB2.0はその1つの答えにはなる。

偏った顧客層からは全体を見ることは出来ない。
ただ、その偏りから全体に普及していく「声」が購買動機の
ウエイトを占めるようになれば。それがWEB2.0を利用したマーケティングの極み。

化粧品。家電。本。健康食品。グルメ。 
何かを買おうとするときに誰かに意見を求めようとするもの。
AIDMAからAISASへ。
ネットショップだけの話ではなく上に上げたものと親和性の高い商品であれば。
車を買うときに何を参考にするか。家を買うときに何を参考にするか。
スポーツを観にいくときに 何を参考にするか。

日本において スポーツは一人で観にいく楽しさよりも 
本当に真剣な試合に 誰かと観にいくような ドキドキ感 が 必要。
危機やチャンスを共有している一体感。 

日本においてスポーツはエンターテイメントではなくなってきている。
その意味で欧州のスポーツと近いものがある。チームと心中するサポーター。

純粋に楽しみのためにスタジアムに来ている人もいる。
ただ、映画や演劇に詳しいことが ちょっと偉そうな雰囲気を出しているこの現状
からすれば ほんとに気楽にスポーツを楽しむことのできるようになるまでは時間がかかる。
日常の それこそジャンカラ(歌広か)に遊びに行ったりニンテンドウDSをやるくらいの気楽さで
スポーツを観にいけるような人は まだいない。

ただ、言えるのは身近にいいお手本がある。

 コアなサポーターを 阪神ファンのように根付かせることが
 大阪の街にスポーツを広げる1つの手段になる。
 日本人はオリンピックが好きだ。オリンピックの価値を上げるのは4年に1度でいい。
 ただ、毎週価値を上げなければいけないスポーツであれば
 手法は自ずと違ってくる。 

経験の共有。 連鎖。 友連れ。 一体感。 時間的余裕。

平日の夜にスタジアムに観にいける人が多くない。それはこれからも変わらない。
忙しくても本当にスポーツが好きな人からどうやって消費を促すか。

ワンセグ。ネット放送局。ハイライト。 いつかテレビをテレビで見なくなる。
そのためのモデルを 電博さんが掻っ攫う前に。



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アリアハンを抜けて。



9月で大阪に帰ってきて1年が経つ。
同じ営業部に新人も配属される。

2010年まであと4年。とか言ってるけど
去年と比べてみたとしても、まだ今は、
アリアハンを抜けてスライムと戦ってるレベル。



どんなにピンチになっても死ぬことは無いくらいに
街との距離を保ちながら。 HPが20を切って
手元に薬草が無くなったら宿屋に帰る。
こんなことを繰り返すゲーマーは 
死ぬ回数は少ないけれど 攻略に時間がかかる。



はじめて街の外に出て気づいたこと。

それは自分の手元にある欠点と
あまりにも少ないMPとHPと武器。

・ 新しい魔法を覚えるまでに時間がかかる。
・ 疑問を持つことができない。反骨心がない。
・ 必死にHPが一桁になっても外に出ることができない。
・ アイテムに気がつかない。街の人の言葉を聞き逃す。
・ モンスターが仲間にならない。

合言葉は「命を大事に」 大切にするものなんてないはずなのに。
「ガンガン行こうぜ」 スライムも倒せないのに次の街に行けるんだろうか。



恵まれている。少しいい意味で。もうちょっと悪い意味で。

サテライト(2軍)に出ているだけで満足するようなスポーツ選手。
卑下すべきパーティー。独りだけで戦っていては危機感を覚えることもできない。

ビジネスはオンラインゲーム。いま自分がサボっている時間にも 東京では同じ時が過ぎている。




自分は人より時間がかかる。




それならば 常に外を出歩けばいい。 スライムと100回戦えば
否が応でもレベル1から2に上がる。 具体的には時間。
集中して、やらなければいけないことに、いまある物をすべて賭ける。

メラくらい覚えて唱えられるかもしれない。




成果は 自分が出来ないこと が明確になったことのみ。

どのレベルまで上げれば ラスボスと戦えるようになるのかも
いまはまだわからないままで。

自分の立ち位置を知る。地図も何も無い場所で。街の歩き方すら
いまはまだ覚束ない。 正直2年前のほうが覇気と根拠の無い強さ
があった。いまはそれが嬉しいことに無くなって来ている。
なんのために。誰のために頑張れるのか。スライムと戦い続けることに
目標や意味を見出すことは難しい。上に上がることに対する意識。
戦う意味なんてあるのか。世界を救うなんて大儀面分も無い。
ほんとに無いのか。世界は救えなくても、自分にやれることがある。
自分だけのためでも。顔の見えない誰かのためにでも。お城のためでも。

アリアハンの上に村がある。その右にはワープする祠。 
それがどこに繋がっているか。 そこからは妄想の世界だ。
嬉々として妄想する。まだ見ぬ世界を夢見て血を流すのも悪くない。

期待とは裏切られるもの。 たとえ裏切られたとしても。その期待のために
戦ってきた経験値が。 新しい呪文を教えてくれる。 

もっと期待を。妄想を。夢を。大風呂敷を。 何がしたいのか。
何が実現できたらいいのか。何が幸せなのか。嬉しいのか。満足なのか。
そのためにはどうすればいいのか。経験値をためて何のジョブを得る。
格闘家か賢者か遊び人か。同じ営業でも必ずそのタイプは違う。
何を目指すか。何に適正があるか。バッカスのような営業にはなれない。


パルプンテを唱えたい。 自分の視線が鉄棒と同じくらいの高さだった頃の
セピア色の夕暮れの景色に 魔法を唱えるだけの力とMP そして金を。

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誰がために鐘は鳴る

Sprots と Drama の違い

それは観る者(観客)が
その構成要素の必須条件で
あるかないかの違い。

この差はとても大きい。

サービスの劇場的マーケティングを考える中で
スポーツが提供するコンテンツとは
ひょっとしたら試合ではないのではないか。
選手が役者で 試合が演目で スタジアムが舞台。
違う。

ボクシングは観客が居なくても成立する。

相手が居て コートがあり ルールに則り 試合を決める。



ただ、プロとしてそのスポーツが成り立つためには
観客が居なくてはいけない。最大の利害関係者。

誰かの行為が誰かのためになっていること。
同じように この日常では 第三者を意識することは難しい。

書き残してまだ続く。 何事もいまの自分と結びつけたがる。
誰がために鐘は鳴るのか。 誰がために声を上げるのか。
誰がために いま 眼を見開くのか。
嫌なら閉じていればいい。永遠にずっと。
涼しい部屋の中に居れば見たくないものも煩わしさも。
ただ そこには風がない。暑さを感じる痛みも無い。



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ガンバルチカラ




人は何のために頑張れるんだろう

反骨精神でも恐怖感でも義務感でも
正義感でも友情でも愛でも欲望だった
としても何だっていい。
それこそ糞の役に立たないものでも。

外に見える結果は同じ。
 何ができて 何ができないか だ。

お金のために頑張ってます。
自分の出世のために頑張ってます。
そんな政治家だとしても、人々から
求められて国民の満足が上がれば
それでいい。

どれだけ正義心に燃えていても、
義務感で誠心誠意、心から国民の
ことを考えていたとしても。何もしなければ
何もできなければ それは無意味で無力。
無駄じゃないかもしれないけど。

私は日本のために頑張ってます。
じゃあ何をしているの?どう頑張ってるの?
アベでも アソウでも タニガキでも。
言葉にもっと意味を込めろ。
キャッチフレーズはいらない。破壊と創造。
壊すのは簡単だ。何かを創るのは考えることから始まる。

人の顔なんて見えなくていい。
誰かのためになんて頑張らんでもいい。

対価を支払ってくれ。もう支払いは済ませてある。





でも、反骨精神でも恐怖感でも義務感でも
正義感でも友情でも愛でも欲望でも。

何かと何か交換される その関係の名前でしかない。
それでお互いが満足できるものであれば 幸せなこと。
ボランティアだって 奉仕の精神だって 自分の行為に
相当の対価があるから 続けられる。
 充実感だったり幸せだったり何事にも変えがたい時間であったり。

お互いが同じ価値と等価を共有しているからこそ 
ガンバルチカラが生まれる。

ただ、どちかかがそれを忘れてしまえば。
どちらかから契約の綻びが生まれる。
国民か政治家か。その他も何もかも。
平和だって無償で与えられるものではない。

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早実の斎藤はなぜ4連投しなければならないのか




たぶんもう誰もが思ってていろんな
いろんな人がいろんなブログに書いてるけど
武藤さんのブログと同じように 
自分も野次馬の声でしかないけれど私見。

blog武藤文雄のサッカー講釈





まず思ったのはこの問題ってそんなに問題なのかな?ってこと。

選手は(多分にまわりの期待という名のプレッシャーがありながらも)
本人の希望で、あの場に立って投げている。投げ続けている。
降りようと思えば降りられるし、イチローや中田だったら「次があるんで」
って言って辞めれるかもしれない。





でも、普通の高校生にとっては
ひょっとしたら報われないかもしれないその一瞬のために、
他の高校生が普通に楽しめる遊びも何もかも捨てて
野球に(その言葉通り)賭けてきて、目指していた試合。

『オヤジにとっての全盛期はいつだよ。全日本のときか?俺は今なんだよ』

スラムダンクの花道の言葉。
 高校野球ってスラムダンクの山王戦なんだと思う。




高校野球が 魅力的で 人を惹きつける限り 
この問題は変わらないし 誰も変えようとしなくなる。

必死さ や 懸命さ 高校三年間を野球に賭けてきた選手の

その命が燃え尽きる瞬間を楽しむ人がいる限り。

 
自分がもし 同じような境遇だったら どんな怪我をしていても
プレーヤーとしてマウンドに立ち続けたいと思う。




それは血反吐を吐きながら提案書を書いてる営業も
不眠不休でプログラミング打ってるPGも
特攻隊として神風に消えていった先輩たちも同じ。

『そんなに苦しいなら辞めたらいいじゃん?』

でも、人生が短いということを 生まれたときから自覚させられているから
いつか 自分の命を燃やす その舞台を求めたいと思う。

1人の人間にとって それが高校野球なら それでいいんじゃないかって。

そう思えなきゃ オヤジも あそこで花道をコートに戻せない。

と思う。勝手にね。一人の選手としての私見です。








でも、スポーツとして 武藤さんと同じように 
誰もがずっとスポーツを楽しめるような。
そんなスポーツの環境を作るために、そして
「スポーツ全体の発展」のための共通理念を持つためには
高校野球は変えていかなきゃいけない 




スポーツが すべての人の人生を豊かにするためには
 スポーツに命を賭けるようなそんな選手は出てきちゃいけない。

ただ単に 夏の風物詩として 
誰かの人生が 誰かの消費のために捨てられていく
まるで古代ローマのコロシアムで 
奴隷同士が命を賭けて殺しあう試合を 
クーラーの効いた部屋で楽しむような。




それが今の高校野球。
それはもう スポーツと呼んでいいのだろうかと。 

スポーツの可能性を信じてる一人のスポーツ好きとしての私見です。








そんなわけで相反する2つの思いがこんがらがってます。

どちらかといえばスポーツに何か自分の人生のようなものを
重々しく賭けてしまっているようなものなので。

高校球児を 羨ましくも思うんです。




サッカーの代表やプロ野球を見ていても
こないだのバスケのニュージーランド戦を見ても
「もっと頑張れよ」「もっと走れよ」って言ってるし。
金メダルを掲げた その選手の涙を見て
美しいと思って 自分も泣いたりしています。




殴り合いの無くなった 近代の世界に生まれたスポーツ




高校野球の連投に これほど議論を挙げるのであれば

格闘技は勿論のこと、モータースポーツや
マラソン(ランニング)における年間の死者数を
もっと問題視すべきだと思う。

サッカーでも試合中に命を落とす選手がいる。
ラグビーでも野球でも。 そしてそれはいつしか美談として語られる。

スポーツは潜在的に そのジレンマから抜け出せないんじゃないか。




誰かが感動するために 楽しむため 興奮するために
そして一瞬の涙を流すためだけに

 死と隣り合わせにある 一人の選手が自らの人生を賭ける

それが 今のスポーツに求められていることなのか。

高校野球の季節になると いつもそんな想いに悩みます。








そんなわけで論争議論大歓迎。ネットでも飲み屋でも。
答えなんてないのかもしれないけど、こんな話をするのが好きなので。
(ただし最近は体調と財布の中身次第...)

『変えなきゃいけないのは分かってるけど、変えていいのかわからない』
いろんな問題って はじまりはみんなここから始まるんやろしね。





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日本はブラジルに勝てるか



「日本はブラジルに勝てるか?」

サッカーの話ですが、サッカーとはまったく関係のない話が続きます。

きっかけは

「日本じゃブラジルになんて勝てる訳が無い」っていう
投げやりな言葉と

「こんな商品じゃあの会社に勝てる訳が無い」っていう
営業マンの言葉が

ちょっと被って見え(聞こえ)たことから始まりました。



商品力のある会社なんて 
本当に一握りでしかなくて

その力すらも 速い流れに
押し流されていくようになりました。

絶対的なものなんてなくて その逆に 
駄目なものなんてないのかもしれません。

本当に商品力がない会社なら  
 社員を新しく雇用する余裕すらなくて
本当に優秀な商品だとするならば 
 それこそ 営業なんていらないでしょ

人がやらないことをする 
人にできないことをするから 価値がある。
それが出来なければ そして 
それが数字に反映できなければ、
いまそこにいある価値がなくなる。  



敵を知り己を知る 

課題を想定して 仮説を検証して 
そこから生まれる声と件名を構築する
それだけが ただ 営業ができる唯一で
全ての事。 

「ビジネスのカギは、ITでも英語でもない。
接待ゴルフを支える腰だ」ってう電車の広告。
腰も大切だけど、足と頭も大切。

営業に必要なこと それは考えて走ること

どっかで聞いたコピーだと思いません?

サッカーは美しいスポーツだが、美しい
プレーをして、その結果はどうなるか?
死んでしまったらサッカーはできない。
それはビジネスも同じ。

オシムが 「日本人には考える能力があると思うか」
という問いに応えた言葉。

日本人が早く判断する能力を持っているかどうかではなくて、
早く自分で考えることが一般社会で許されているのかどうか、だ。
そういう習慣があるのだろうか。
どうなのだろう、逆に聞いてみたいのだが?




考えることを許す習慣。
サッカーでもビジネスでも そしてプライベートでも。



考える習慣のある会社とそうでない会社
企業風土というのだろうか。なぜそうなったのか。
それを本気で考えてみたいとも思う。ただ、その差は
埋められないほど大きなものになるのではということを
少しずつだけど みんな気付いてる。

考えることのできる営業 
そして自分で考えることを許す社会

人的資源管理の講義でちょっとそんな話があったと思う。。
そこで学んだのは 日本的だから考える風土がないということ
では決してないということ。

権限委譲と責任感 責任と達成感 



考えるために必要なこと 走るために必要なこと

足と頭が疲れること 営業には水分と糖分と睡眠が必要。

走りながら考えるのではなく 考えながら走ること。



何かを生み出して それを相手に必要だと言ってもらうこと。

自分 目 頭 足 相手 頭 口 言葉 声 思考 メモ 発言 構築



舞台がある 役者もいる ただし そこに台本は無い 

やることは自ずと決まってくる。  考えて そして 走れ。




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ギリシャ料理


あー。いま無性にぴたが食べたい。

あつあつの豚肉とマヨネーズの乗っかったスブラキた食べたい。

むー。。
食べたい。。

高田馬場にギリシャ料理のお店があったけど
いっかいも行けんかった。。はぁ。。それだけのために重い腰上げて馬場まで行けん。。

自分家で作れんかな。。ぴたさえあれば
具はなんとでも。。

それより、おいしいもの食べ旅行に行きたい。お腹減った。

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世界バスケ



1対1で負けない 1対1の関係を作らない 2対1で攻める 1対2で守る

無駄な動きをずっと繰り返す 誰かが走りこむスペースを

チームワーク 常に5人が5人を意識して動く 

ボールを持っていない他の4人の選手が すべて連動して動く 




日本のスポーツが目指すところ



技術、そして考え方(アイデア/チームワーク)は
生まれ持った素質や体格とは関連性が低い

どれだけそのスポーツを経験してきたか
どんな人生を生きてきたか
教育と慣習



日本で世界バスケが開催される

同じことは たぶん あと十数年は待たないといけない

観にいける機会はあと少し グループリーグは全部で4試合。

惜しむらくは 関西で試合が無いこと 。。。 広島かな。 



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旅の煩悩と浮気心




しまなみ街道では
広島から愛媛まで自転車で渡れるらしい!!!

あーあかん。。めっちゃ惹かれてる。

島に行って、そこでレンタサイクルやレンタカー借りるのは
やったことあるけど、レンタサイクルを借りて橋を渡ったこと
はない。うーん。。今回は鳥羽って決めてもうたので、次は
瀬戸内海で一番夕日が綺麗な時期に行こうかなぁ。

やっぱ秋かな。

これがただの煩悩に終わるか。
何かの始まりや起点になるか。

旅行とか娯楽とか生きてることに
意味を見出だそうとすることが
とても貧乏性で人間臭くていい。




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修業僧はナルシストだ

こんな辛いことを私は耐えている

こんなに努力してる奴はいない

一番汗を流してきたのは俺たちだ

練習量ならどこにも負けない

欲しいものは全て諦めてきた 勝てないはずはない

これがナルシストというのか
わからんけれど

たとえば他者を見て、あんな恵まれてる(努力をしてない)奴なんかに負けたくない
なんて まがった根性は
なんて名付ければいいんだろう


ただ、本当に嫌なことを続けるには 
少しくらい性格がねじ曲がったほうがいいのかもしれない

ストレスをストレスだと
感じなくするために

肯定化するか 恍惚となるか
上を見るか 好きになるか
どれもあまり変わらない
頭の中で麻薬をつくるようなもんだ


それに見合う対価を得るか
それからは現実
誰にもわからん

ただ、言えるのは
何もしない者は何も得ない

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猫を殺す

Curiosity killed the cat. (直訳) 好奇心猫を殺す

Zeller Schwarze Katz 黒い猫 ちょっと甘口の白いお酒

Kaz


三日月の夜の 薄暗い森で 猫の眼が捕えた蝙蝠 

暗い夜道を追いかけて 傾斜の崖を滑り落ちた。

暗闇の中に光る眼が 白く明かりを灯すように 

ゆっくりしたスピードで 月明かりの下 落ちていた。

1つ。 2つ。 叫び声も無く叩きつけられて、

大きな眼だけが 白く光る。
 

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首の無い彼女



下北サンデーズを読みながら 舞台用語?の 

上手(かみて)と下手(しもて)が どっちが

どっちだったかいっしゅん分からなくなってしまっていて。



そんなことで時の移ろいを感じてます。



それでもたぶんいまはまだ 一人一人の役者の顔や

大隈講堂裏のアトリエやそこから見える景色に対して

鮮明に忘れられない部分と 懐かしさを覚えるまでに 

至ってはいないから やっぱりまだ孵れません。

首の無い女神には羽がある。





後ろから首を掴まれて そのまま地面に頭を投げ出されるような。

そんな感覚だからこそ。 いま座る椅子が 箱庭の上で成り立つ街ね。



「わたしも生きたいんです」 台本の台詞から生まれた声と

その眼から流れる涙が 今また自分を劇場に誘う。

あの演目をいつ誰と見て どんな劇団だったかなんて 

それすら薄れていかないのに。

首のない女神の その顔が忘れられない。

そんなうちはまだ ずっと椅子に入る。

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夏の予定 ver1.02


 

 ダイビング...の免許とろうかと思ったんやけど

 それよりもソファを買うことを優先。。なので

 今夏は伊勢湾フェリーで伊良湖に。

 まわりゃんせ

 予算を抑えて3日間で 神島に。

 

 関ジャニの出てるオルナミンCのCMって関東でもやってるんやろか

 ほな飲むでー。

 

  

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さて 代表

こないだの予想は全くもって
はずれてしまいましたが。。

感想は 簡単に1対1で抜かれすぎる。
「前に前に」の意識が強すぎるのか 
「構える」守備ができていない

相手をいなすためのポイント 
ボランチのポジションで作れれば一番
いいんやけどね。。 遠藤 か 今野か それかDFにもう1枚
ある程度試合を分かってる選手のほうがいい。

あとはカウンターに対して脆い。
後ろの選手が前線の選手を越えてボールを
受けるということは ボールを取られた時点で
2人少ない状態になる。
それを たとえば田中や駒野で防げるか。

そういえば今日の試合は田中が三人 4人目の田中が必要なのかも
家に帰って録画で 試合結果を知らないように細心の注意を払って
見るサッカーは やっぱりしんどい。。。中途半端な時間に帰ってくる
のがほんまはあかんねんけどね。
誰かの役に立ちたいなんて たいそれたこと言っちゃいけない。
それでも想うことはずっとやめないように。
必死で頑張ってる姿が たとえ危うくて頼りないとしても
 見てる者を突き動かす それは本当に想いでしかない。
力が無い者が見せれるものはたぶんそれしかないんだろう。
富士ファニチアの椅子が欲しい。3点合わせて12万。
提案中のお客さんがコンペ先のPKGを検討してる夢を見た。
まだまだまだまだ夢を見る。朝起きてリセット。お昼にフラッシュバック。
シナプスの動きはイチかゼロ。歩かないか。たぶんそれすら真空管をも
通さないブッシュ。
途中から支離滅裂。離れるものも裂れるものもいまはたぶん何もない。

台風の前 腐食した銅のように光る空を 綺麗だといったら まわりから引かれた。

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勝手に考察代表メンバー

暑い。ので勝手に予想。選考基準はもちろん大阪寄りです。

たぶんあと10人くらい。
確定なのは  (G大阪) 加地 遠藤  
         (千葉)  阿部 山岸 巻 

あと5人はもうほんと予測 呼ばれそうなメンツは

      GK       DF        MF            FW
G大阪  藤ヶ谷   宮本 山口   橋本 二川 家長        
鹿島            岩政      小笠原 本山       柳沢  深井 
千葉                    佐藤勇 羽生

その中でも GK1人 DF2人 MF2人 FW0人
 
タイプを考えると 藤ヶ谷 岩政 山口 家長(本山) 羽生 の5人かな 

そんなわけで  追加メンバー予想は

GK 藤ヶ谷
DF 岩政 加地 山口
MF 遠藤 阿部 山岸 羽生  家長 or 本山
FW 巻

本山か家長かだけはどっちかわからん。。。

あと今野が怪我したので佐藤勇 または福西 を追加召集

こうやって見ると今まで選ばれてた代表とかじゃなくて
Jで調子のいい選手をほんと選んでる気がする。。

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はなびら散傘



 隅田川 東京湾 横浜 立川 さいたま市
淀川 琵琶湖 PL 野尻湖 プーケット 神宮

なんでかな 年増しに
花火を観る景色が少し
離れていってる気がする
ような

地面から射す熱からは
ずっとたかいビルのうえ

そこから観える花火には
少し現実感がない

どこか遠い世界の中の
差異な時代の出季語事で

その熱さを取り戻すには
ビルのガラスが厚すぎるみたい



それでもさ たまに エイヤッ ってね
  
ちょっとの勇気か 気の迷いか
それとも小さな言葉の力

それで割れそうな ガラスの奥に



見える大きな 炎の花が

段々小さくなっている

記憶も記録も焦がしながら




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