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シュレディンガーの猫は元気かな





誰かに確認してもらわなきゃ。




だから、今のこの時間に 自分が大学のときにたまに通ってた

ジャズの流れてるココアの美味しいお店の主人が

いつものように退屈そうにテレビを見てるかどうかなんて

もう自分には分からない。

でも、今日は天王寺でゆったりジャズを聴いてたら

なぜだかそのときのことを思い出して。




実存の世界にはない 非実存の人や建物

それはたぶん 観測されることの無い思い出。

子供の頃にみたサッカーボールの大きさや

マンションの屋上から見た東京の空の明るさなんて

見ることも 確かめることも 出来ないけれど。




同じものが今もそこにあると思うのか

もしくは そこにあったということを 自分の脳が

思い出せなくなるまで ずっと行き続けていく。






たしかにいつかの時間に実存したある一点の空間や時間や物や人。

ずっと 頭や記憶っていう 箱の中に閉じ込められて。

それはシュレディンガーの猫のように 開けて確かめることもできない。

思い出ってそういうこと。 たしかにそこに存在したのだろうか。

それすら50%の確率にしかならない。






あった か なかったか    50を越えることも 下回ることも。






そして、いま自分が生きている時間も また記憶っていう箱の中に閉じ込められて

あったのか 無かったのか わからなくなる。 

それもまた 50%。









シュレディンガーの猫については↓

http://www6.big.or.jp/~beyond/akutoku/etc/joke/sch.html

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