« この街から | トップページ | 海の色 »

自分にとってのスポーツとは

自分にとってのスポーツ とくに代表の試合の観戦

それは投影だと思う


ワールドカップのあのスタジアムに

自分はボランチとして立っているはずだった

小学校だか いつだったか

そんな細かいことは 忘れたれど。

自分がピッチに立っていれば

そんな不甲斐ないプレーはしない

そう思うからこそ 客席で 怒鳴って 叫び 泣く


ワールドカップに選ばれた23人は

選ばれなかった数百万人のプレーヤーの想いの屍の上にある


自分のことのように 悔しがり

家族のことのように 喜ぶ


自分が果せなかった夢を

叶えてくれる日を待っている


だからこそ 代表選手を見る目は厳しくていい

ワールドカップでプレーできれば死んでもいい

そう想っているような人の前で プレーするのが代表選手


1つのゴールは 1人の人生より重い

決して悪い意味ではなく それほどまでに 

スポーツを愛して そして 死んでいく人がいる


殺したいくらいに愛してる 


自分にとってスポーツを形容する言葉

未だ嘗て不器用だ

引き際も それを表現する手立てすら 見当たらない


|

« この街から | トップページ | 海の色 »

2・スポーツ見聞録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23648/10090290

この記事へのトラックバック一覧です: 自分にとってのスポーツとは:

« この街から | トップページ | 海の色 »