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インプットとアウトプット

勿論アウトプットが先

たしかにいろんなものを片っ端から
詰めていって、結果それが混ざって
いい企画が出てくることはあるし
「どれだけ見てきたか」は大きな要素では
あるけれど

とりあえずまずはアウトプットの姿が見えていなければ
アウトプットするという意識がなければ

インプットに意味は無い

目指す姿(お手本)は100曲マラソン。

企画だったら100くらいはすぐにできるから
あとは1つ1つを検証する手間を

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スポーツのWeb2.0を考える

えっと。メモ書き。

今までのWEBの世界でのスポーツ

オンラインチケット予約
オンライン会場予約
メールでのコミュニケーション
スポーツ新聞系ネット
掲示板コミュニティ
オンラインショップ
施設検索
イベント告知
イベントの出欠確認

 → マルチポストや未承諾広告の多い世界
   「求めている情報を求めている人へ的確に運ぶ術がなかった」
   「提供したい情報を不特定多数の人間へ送信せざるえなかった」
 
 → ネットとリアルの融合 
   「ネットを通じてできたスポーツサークルは多い。とくにフットサルやテニス」
   「どこに何の施設があるか は 検索できるようになった。ただし民間施設のみ」

 → 情報が散財する

 → いまだに2.0に対応できているページがほとんどない。
   「素人が作成した雑多なページがほとんど」
   「誰にでも作れてしまうため、誰でも見たことのあるような特定のポータルのページがない」
   (とくにフットサルの情報系ページなど)


2.0への対応・尚且つ今までに利用されていない機能アプリ等の作成
そして、お金はかかるけど宣伝告知。
何より大切なのはリアルな世界の交流。

WEBとこの世界での常識 「誰にでも見つけることの出来る情報には価値は無い」
情報の貴重さは希少性と比例する。
自分が提供できるものは?
アライアンスとして必要なものは?
実績 能力 機能 知識 経験 ?
しかもいまの24時間を再度見直しした中での時間を使ってできること
そしてまだどこにもないもの。

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シュレディンガーの猫は元気かな





誰かに確認してもらわなきゃ。




だから、今のこの時間に 自分が大学のときにたまに通ってた

ジャズの流れてるココアの美味しいお店の主人が

いつものように退屈そうにテレビを見てるかどうかなんて

もう自分には分からない。

でも、今日は天王寺でゆったりジャズを聴いてたら

なぜだかそのときのことを思い出して。




実存の世界にはない 非実存の人や建物

それはたぶん 観測されることの無い思い出。

子供の頃にみたサッカーボールの大きさや

マンションの屋上から見た東京の空の明るさなんて

見ることも 確かめることも 出来ないけれど。




同じものが今もそこにあると思うのか

もしくは そこにあったということを 自分の脳が

思い出せなくなるまで ずっと行き続けていく。






たしかにいつかの時間に実存したある一点の空間や時間や物や人。

ずっと 頭や記憶っていう 箱の中に閉じ込められて。

それはシュレディンガーの猫のように 開けて確かめることもできない。

思い出ってそういうこと。 たしかにそこに存在したのだろうか。

それすら50%の確率にしかならない。






あった か なかったか    50を越えることも 下回ることも。






そして、いま自分が生きている時間も また記憶っていう箱の中に閉じ込められて

あったのか 無かったのか わからなくなる。 

それもまた 50%。









シュレディンガーの猫については↓

http://www6.big.or.jp/~beyond/akutoku/etc/joke/sch.html

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「いたスト」 ポータブル

正式名称はひらがなとカタカナで「いたスト」らしい

http://www.square-enix.co.jp/itastpsp/


あーもう正直楽しまれへんなあ。








まぁPSP買ってもやる時間ないのもあるし。

なんというか歳を取った年を経た。

くしゃくしゃに丸めた手紙にアイロンかけるなんて
中田のイタリア時代のプレーを思い出すより難しい。

いまはロンドンで精一杯。ドーバー海峡も渡れない。

橋だって架かってないよ。ちょっと寂しいけどさ。

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ビリヤードのできる賃貸マンション。


http://www.palashio.com/design/mansion/051_parador/index.htm


ビリヤードのできる賃貸マンション。

現在空室ありマス。


こーゆーのって大阪もけっこうあるのね。
今年の冬に向けてがんばってやらなきゃあかんこと多し。。

朝起きれるようにならな。。

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BLOGの今後

WEB2.0のもうちょい先を勝手に妄想するシリーズ。

というか願望。

フットサルチーム専用のブログとか作れないかな。。

ブログの投稿欄に「活動日」と「活動場所」があって
活動場所にはデフォルトで全フットサル施設が設定してあって、全ブログに書かれている情報が一元管理できるページではチーム同士のマッチングが可能。

もちろんブログにはチーム紹介とかメンバー一覧&出席確認とかチーム管理者の要素も入れて。

うーん・・。これやったら有料でも使うチームでてくると思うんやけどなぁ。
でもまずは無料でせなあかんし、スクラッチするには機能が多い。。
趣味じゃつくれん>_<。。

いまはいろんなブログとかSNSが散在して、お互いに連携しなさすぎてる。

「 トラバ機能 」ってお菓子に付属してるおもちゃでしかなくて

玩具付き菓子になるためには もうちょい連携させなきゃ。


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スポーツマネジメントレビュー

スポーツマネジメントレビュー @ 株式会社アンサングヒーロー
2004年9月~2005年8月


スポーツマネジメントレビュー @ ブックハウスHD
(2006年4月~)


??後継?
今日申し込んだとこだから内容見てないし分からないけど
個人的にはブックハウスHDでの創刊に拍手!

あとはスポーツマネジメントをどうやって実践する?

という課題。 

バイトでも派遣でもインターンでも。

他業種でも海外でもNPOでも行政でも。

どこでも実践する場はある

「いまやってることが最終的な目標に繋がるんだろうか」

なんて悩みは たぶん どの世界にいっても同じ

お笑い芸人の世界はもうちょい厳しい。

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SNSの今後

マイポータル化

まず言えるのがMIXIが各人の好みや個人のお気に入りや
他SNSの更新やRSS更新を引っ張ってこれるようになる。

ミクシィのサイトをトップページにもってきて
自分が見たい情報は全部そこに紐付けされてる。

いまも他サイトみながら絶対MIXIはブラウザ開けっぱなしな人多いし。
そういう意味で MIXI WEBブラウザが最終的にやりたいこと?
もしくはMIXIデスクトップツールやろね。
MIXIのログインもWindowsのログインと連動させちゃうくらいに。

「Mixi on PC」 オレンジ色のノートPC(笑)
サイズはA5くらいがいいなぁ。


MIXI株式会社@イーマーキュリーにそんな体力があるのんかわからんけど
Google見てるとお金ない人いないとかはもう言われなくなるんやろうと
ちょっと期待してみたり。

どちらかといえばいま圧倒的に負けてるGreeがSleipnerと組んだりして
盛り返していったしてもおもろいけど。


もう1つの方向 それはMIXIも数あるBLOGやSNSのOne of Themになるか。

つまり既存ポータルサイトがMIXI内の更新を勝手にとまではいかないけど
引っ張っていって自社のポータルにくっ付ける。

裏づけも何もありません。

要はたくさんのSNSの管理がいつかできなくなる時が来る

WEBの中に散財する自分の見たい情報が全部向こうから飛んできて欲しいくらいに。

「大学の近くにある食堂エルム専用SNS」とか 
ミクシィでトピックを立てるくらい簡単になってきそうな勢い。

筍はほっとても成長するように見えるけど
あれでも根っこで栄養の奪い合いしてるんだから。

WEBで儲けるんじゃなくて。 チャン氏の言葉を借りるのであれば
残りの90%をどう持ってくか。
ブラッシュアップされる側になろうとも思わないし。


スポーツの部分でIT化されていないところ

まだたくさんあるけれど
今は武器も市場も煙に撒かれて
飛び込む勇気と力がもうちょい。

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ダッダッダダッ ファイ

さて ほんとにどーしたいのかね

目的も曖昧 手段も劇甘 現状も降下し 体力も減少


自分を計るものさし 計る 図る 測る 量る 諮る 謀る 仭る

はかりはかられはかりあう 

明日がまるで月曜日のような

土曜日の今日にサザエさん症候群。


何を変えなければいけないのか

たぶん考えれば大丈夫

 ただいまはそれを言葉にできなくて

行動に移せていない


「想像を言葉と行動によって創造へ」

エアースポット ÷ インプット = ノート
ノート × メンター = アクション
アクション × アメーバ = イマジネーション 
イマジネーション × スポーツ = ?







ただ、不規則な風足が 足枷となって この美々に

血から生まれる命に涙

堕ちた暗闇に唾と蔑を。


こっちは毎日がアンフレンジャー

ホセ・モウリーニョの強さが欲しい

千島列島に置かれたこの身

アウェーだからやらなあかんことがあるんやわ


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動画が流行る訳が分かる

「http://blog.goo.ne.jp/nishiwc/e/045695409a16a96413a31f365a26af77」


応急処置に来たのにスライディングをする人


最終的にはこれかなぁ http://pako.jp/omo/saxtuka-.html

あと 動画じゃないけど... 岡山君 話があるの

http://www.nakanoreysol.net/blog/log/eid1113.html

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本能と理性

本能と理性

人の頭か心か意識の中には

必ずこの二つがある

いまの自分の行動は
どちらの自分が決めたことか

それを常に問いかけろ

大学は本能で決めた
就職は理性で決めた

人を殴るときは理性で殴る

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考えるってどういうこと??

最近寝不足で頭が働いてない時間が多いです

つまり無意識で行動している時間

朝起きて顔を洗って髭をそって‥

その一連の動作中

頭じゃなくて

そもそも考えるってどういうこと?

キーボードで何かを打ち込んでキャッシュに書き込んでるときが考えてるってことで

OSが働いてるだけのときは無意識の状態やん?

頭の中で独り言のようにずっと呟いてるようなとき

物事をイメージで捕らて、それを頭ぬ中で加工してるとき

それが考えてるとき

頭の中にブログを書き続けてるような

そんな自分の頭は

正常なんだろうか

たまに昨日聞いたGOGO7188の歌の歌詞と曲が頭の中を流れて思考を占拠したりする


そーゆーときは

やっぱり寝不足な木曜日

CPU

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吃音

去年から もっと言えば大学で演劇をしていた頃から
自分が吃音だということを感じてた。

はっきりとそうだと思ったこともないし、そう告げられたわけでもないけれど。何度言い直しても 何回も覚えた台詞でも1つ1つの言葉を正確にしゃべることができない。自覚はしてなかったけど 何が原因なのか分からないけど
たぶん過度な不安と 失敗し続けているという恐怖心でまた吃音る。

それはいまも同じ。電話でいつも言っている言葉や敬語やら。何度も「はぁ?」と言われる。最初のうちはそれが本当に怖かったけど当然電話は掛ける。、だましだましで電話してたけど、今日先輩に電話したときにから 「何言ってるのか聞き取れんかった」って。勿論聞いてるほうからすれば 聞き取りにくい電話なんて邪魔ものにしかならない。

いま思うと大学のときもたまにそうだった。自分でも自覚はなかったから、あまりわからなかったかもしれんけど。
ただ、どうにかしたいし、たぶんちょっとしたことで治せることだと思う。

調べてみると聴覚療法や電話カウンセリング。たぶんちょっとしたことで治せるし、ちゃんと治していきたい。




障害者に対しての偏見は 昔に比べて無くなった。お互いの手助けが必要なところは お互いが負担にならないくらいでサポートできればいい。身体障害者と呼ばれる人達が 世界で戦う姿を観ることができたことを 今は嬉しく思うし、本当に良い機会だった。しかしそれでもまだ 障害 と 障害者 に対して 身構える。身構えてしまうときがある。自分としてのスタンスを構築できたつもりだった。それでもまだ 変わってない部分がある。 それを自覚すること。 気が付かないふりをして 綺麗な言葉だけ並べるような嘘だけはつきたくない。ホームページを観ていて「吃音は障害です」 という文章を見たときに 「違う」 と 反応してしまった。頭では分かっている。 けれど 心が何かに反応する。 

話は変わってコミュニケーションやパーソナルスペース。
それがストレスになることもあるみたい。
自分のまわりの人もけっこう同じ意見。
関西人ってコミュニケーションがヘタみたい。
自分を落とすか人を落とすしか 話のネタがない。
話のオチ 決まりきった形から 抜け出せなくて。

これもまた 改善点。

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家事

【 家事 】

http://ameblo.jp/warata2ki/entry-10012517071.html

おもろい

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海の色

こないだの日曜日


眠ってたHDDを引っ張り起こして
その中の写真を整理してました。

正直最近時間の経過の間隔がなくて

あの場所にいたのは1年前だったか2年前だったか3年前だったか

そんなことすら忘れてしまうようになりました

あの海を見ていた時 たぶん 忘れることはないだろうとは思ってました。

忘れなかったです。 でも 思い出すことも出来ません。


Yondai2000


こんな懐かしい写真も 

たぶん いまはもう感覚でしか思い出せなくて

久しぶりに見る写真 とても懐かしく どこか古めかしく

これが歳を取ったということか と

登りゆく清々しさと 堕ちていく気持ちよさ

平坦じゃない道のりを思すとき

それはもはや 肌の感覚 と 写真のみ になりました。

2001年2月  大学
2002年2月  韓国/全北
2002年11月 埼玉/志木
2003年 5月 フットサル場
2004年4月  就活中
2004年8月  ギリシャ/アテネ
2005年3月  北京・上海
2005年3月  NY・LOS
2005年8月  直島
2005年12月 韓国
2006年5月  隠岐

少しずつカテゴライズして整理

ホームページのメニューにちょっとずつUPしていきます。

光を通じて眼に入る景色

頭と皮膚から流れる情報じゃなくて

たぶん 何か少しオブラートに包まれた記憶

少しずつ溶き解く作業

それができるようになっただけ いまはちょっと大丈夫。 

懐かしさも 笑顔も 

憎らしさも 熱も声も

絡み合った星屑を 1つ1つ 編み直すような。


こないだ隠岐の帰りに フェリーについてきて泳ぐ海豚を見ました。

Dsc_3722


あなたには海の色が何色に見えますか。


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自分にとってのスポーツとは

自分にとってのスポーツ とくに代表の試合の観戦

それは投影だと思う


ワールドカップのあのスタジアムに

自分はボランチとして立っているはずだった

小学校だか いつだったか

そんな細かいことは 忘れたれど。

自分がピッチに立っていれば

そんな不甲斐ないプレーはしない

そう思うからこそ 客席で 怒鳴って 叫び 泣く


ワールドカップに選ばれた23人は

選ばれなかった数百万人のプレーヤーの想いの屍の上にある


自分のことのように 悔しがり

家族のことのように 喜ぶ


自分が果せなかった夢を

叶えてくれる日を待っている


だからこそ 代表選手を見る目は厳しくていい

ワールドカップでプレーできれば死んでもいい

そう想っているような人の前で プレーするのが代表選手


1つのゴールは 1人の人生より重い

決して悪い意味ではなく それほどまでに 

スポーツを愛して そして 死んでいく人がいる


殺したいくらいに愛してる 


自分にとってスポーツを形容する言葉

未だ嘗て不器用だ

引き際も それを表現する手立てすら 見当たらない


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この街から

ガンバ大阪から三人の選手が
ドイツワールドカップのメンバーに
選ばれた

日本代表とガンバ大阪

どちらのほうが大切かと言われれば

それはやっぱりガンバ大阪なんだと思う。

自分が生まれた街 見てきた景色 
鳥の音といつもの匂い

眼を閉じると浮かんでくる

そんな景色がここにはある。

この街から生まれたクラブ

そして選ばれた選手達。

いまは ただ それが誇らしい。

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W杯メンバー発表から思うこと

サプライズはあった
しかし、松井は選ばれなかった

まだ十分次を狙えるし、4年前のシュンスケほど
落胆はなかったかもしれないが

あの瞬間は、自らが磨き続けてきた武器を
必要ないと突きつけられた瞬間ではないか

「君のやってきたことは無駄でした」

ゼロかイチか。

サッカー選手を目指す子供が
ボールを蹴り始めて十数年。
長い年月をかけて信じ続けてきた武器
後戻りはもうできない。

98年ワールドカップ。当時高校生。

あの頃はまだ時間は永遠に続くものだと思っていた。

自分が信じてきた道を ずっと登り続けてきて

「今はいらないや」

それだけで切り捨てられる。

それはスポーツに限らず 需要と供給の問題


例えるならば日本がサッカーワールドカップに優勝したような


ただ、それがどうしたと言うのか。


自分の出ていないワールドカップなど。

仲間ならまだ祝えるが 訳も分からない奴らが立つピッチを

温かい眼で見ていられるほど 誰だって馬鹿じゃない


輝いた舞台を スタンドから眺めるのは もう嫌だ

うなだれるのは 一度夢を諦めた そのときだけで十分だと

 

それでも信じ続けるしかなく

そのときに必要とされるポジションと

自分が自らを賭けて 磨いてきた能力が

ちょうど合わなくてはいけない。


音楽も演劇も絵画も そして この世界でも。


それでも、人生はタイミングだと

言い切れるほど 軽くは無い


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NEEDSとFEED~松井と本山~


求められているもの ニーズ

自分が提供できるもの フィード

いまの代表に足りないもの 
それは バイタルエリアでドリブルを仕掛けて
突破口 もしくは フリーキックをもらう選手

それを提供できるのが 本山か松井


それをスポーツマネジメントの世界に置き換えてみる

マーケティングや語学 そして最近ではスポーツ法学を専門的に学び
その力を持つ人が増えてきている

広告代理店や代理人(法学) サッカーで言えば中田や俊輔 
注目されるポジションの選手 誰もが成りたがって 競争率の高い能力

「英語ができます」「スペイン語がしゃべれます」
それができたとしても なれるのは よくて通訳 


いまのスポーツマネジメントの世界に足りない力
求められている人材

それは 加地や福西のような

汗をかいてチャンスを作り出す 「営業の力」と

インフラとなるチームのベースを作り出す 「汗をかく力」


たぶんこの世界にパスを出す選手はいらない 

そして、新卒で人を採用して、育成するほと余裕のある世界でもない

スペシャリストとしての力を持った即戦力 それでいて尚且つ

スポーツの世界のベース(人脈と意識)を持った人材


スペシャリストな力とは 会計知識なのかシステムなのか 

スポーツマネジメントの世界に求められている意識

それはゼロから何かを作りだす力だけではなく
既存体質を変えようとする意思と方法論(BPR)

いま自分がやっていることに いつか確信を持つことが出来れば

持たなければ 

次に進める気がする

進まなくてはいけない


サッカーのワールドカップが

サッカー選手にとって 一度しか与えられないチャンスだとすれば

いまの自分にも 与えられた時間は少ないと意識しなければいけない


いまはまだJリーグにすら出場できていない選手が 

「いつか代表に選ばれるだろう」 なんて思っていたら

馬鹿だと思われるか 大物だと思われるか

「代表に選ばれるためにはなにをしなければいけないのか」

つまり「自分の武器は何なのか」「何が求められているのか」

この2つ。 松井がドリブルだけの選手であれば 代表には選ばれなかった。

本山という選手がいたから。

本山になくて 松井にある能力 そしてそれが代表(ジーコ)から求められたからこそ

松井は代表の青いユニフォームを着ている。

ドリブルという自分の得意とする武器を磨き
当り負けない(守備で食らい付く)という松井の苦手な部分を
フランスで補うことができたからこそ

おそらく15日の発表において 松井の名が呼ばれるようになる


Jリーグでずっと同じようなプレーをしていれば 安泰にプレーを続けることもできた

ただ、フランスという厳しい場に自分を置いたからこそ 気が付いたこと 

得たこと

もちろん嫌だと思い、躊躇したんだと思う

それでも松井をフランスに突き動かしたもの それは

たぶん同年代の選手の活躍であり

アテネで満足のいくプレーの場を与えられなかったという自己否定

そして、自分はやれるんだという自信


なんだかんだ書いたけれど

松井のプレーをドイツで見てみたい


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時の流れが早すぎて

いまこの場所にある
今を実感できないでいる

パソコンからは変わらない音楽と写真

変わったのは何か

同じリズムと同じ声

耳から抜けない雑音 高い音 頭の後ろの近いとこ

空に浮かぶたくさんの光 まるで虫が這うように

開けることの無い宝箱 中には たぶん 何もない

同じ夜 

いつだって どこでも

今ここにあるのは 自分の意識 と 外の世界 

それはいつだって変わらない

時が流れても どこに行こうとも 誰と居ようとも 

ここにあるのは自分の意識 そして 代わることの無い時の流れ

いつか狂る 終わりに向けて流れる音楽

それがある から 何もない

何もないことを実感するたびに 

 過去を振り返るにはまだ早すぎる 

なんて言葉を呟きながら 今と過去と そして 少し先の明日を

あと数時間の その世界にいる自分

たとえ確信できなくて

消えそうになるその音楽が

聞こえなくなったとしても。

惰性か意地か無意識か 

時の流れが早すぎて

見えてたものが 見えなくなり

見たくないものが 見えてしまう

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リライトして

なにかと接するとき

壁にぶつかったとき

落ち込んだとき

うまくいかないとき

新しいものに出会ったとき


フラッシュバックする思い出
知ってしまったから恐れる踏み出せない

思い出される映像と風景と匂い

風が運ぶ唄

たぶん上書き保存しなきゃ
ごみ箱に仕舞っておいても
リストアされるファイル

何度も何度も
上書きしなきゃ消えないファイル

データ消去用のソフト

使えないでいるのか
使えないのか
ここにないのか

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究極のITとは

究極のITとは「どこでもドア」である

こっちの世界と
あっちの世界

言い換えればリアルとバーチャル

リアルから生まれたバーチャルを閉じ込めるイレモノ
それがIT

いまその場にないものを
買ったり売ったり聞いたり見たり感じたり泣いたり喜んだり。

リアルな世界から湧き出た残り香

それを扱いやすいように工夫するのがIT
共有する場がインターネット

そのための玄関がヤフー
ガリバー旅行記の「人間らしい生き物」

ITの究極の目標

それはリアルな世界を作りだすこと
今その時間にそこにないものを
いつでもどこでもだれでも扱いえるようにするために

「時間を超えたどこでもドア」

しかし、リアルな世界で出来ないことでも、バーチャルな世界ではできる

ソーシャルネットワーク
オープンソース

リアルな 物 にない もの を

練り上げ積み上げるのもまた IT

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社会人とは

日本の社会人生活とは

下りエスカレーターを逆送するようなものである

何もしないと降ちていく

登るのしんどいな

って思ったときに

登るための掛け声

上の階にるおもちゃ売場にいけないよ

いま降ってくともう登れない

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泳げないか

泳げないから船が好き


閉塞感
島国根性

逃げるための船

現状を打開
重油とエンジン音で

島に住む人の気持ち

罪人の島 差別と偏見なやっかみ

嫁不足
高齢化
子供がいない
みんな出ていく

かわりにフィリピーナ
カタコトの日本語

GWに感じたこと

地方の少子高齢化

たぶんどっかにいる神様

島から逃げ出す気持ち

閉塞感

海の暗さ

海風の冷たさ

立ち位置

似てる

打開するには

重油とエンジン音

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勝機突破

WEBマーケ
ブランディング

弱いところ

武器
製錬所

銀山発掘作業

確かなもの
現場と研究
先駆者と事例

後追いとオリジナリティ

矛と盾

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勝者のメンタリティー


アジアチャンピオンズリーグ ガンバ大阪 対 全北現代

結果は引き分け。これでグループリーグ敗退。

万博球戯場に集まる人の客層が明らかに違う。

制服を着てる女子高生。今日休日やろ?

黄色い声援。訳のわからん応援歌。

正直客は増えた。弱くなっても残るだろう。たとえ。


試合内容。ボールをつなぐことができる。

ただ、ボールを見てしまうことが多い。

誰かが守ってくれる 誰かが競るだろう 誰かシュート打てよ

日本人に足りないもの

自ら責任を負おうとする瞬間的な判断力

むかし98年のW杯の頃に、WOWOWか何かの
テレビCMで「カツどん」ってのがあったけど
分かる人おるかなぁ。。

急死に陥ったときに瞬間的に頭をよぎるもの

失敗して責められている姿か

成功して崇められる姿か

そのどちらかで 結果は変わってくる

たとえ根拠のない自信でも 成功する姿を描けなければ 成功することは出来ない

ただ、それでも謙虚に。根拠のないところを補うかのように ひたすら虐め。

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隠岐諸島ダーツの旅


京都から山陰線で出雲

出雲から高速船で隠岐島後へ


とりあえず レンタカー借りて 闘牛見て ローソク島遊覧

島を移って さざえカレー食べて 帰りに時間があったら鳥取砂丘見て。

メインは海と写真。 あとはみんなおまけ。

クレイジーケンバンドと和田アキコといろいろ借りた音楽を

iPodに詰め込む時間と元気。

それすらないくらいに いまは猛烈に眠い。

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ざけんな ありえね

さて 感情が起伏するときこそ 生きてることを実感する

とてもいい意味で 悪い方向で

虚仮になって ピエロの格好

這い蹲る感情と毛虫 

二転三転 転がる姿が

絡まり会って ころころ積る

まるで部屋隅の薄泥のよう


薄泥にまみれた その姿 

人間だとか 偉そうに 

考えてることは同じだろ

やることやって 本能に生きて

それが人間?偉そうに

勝手だな

 ざけんな ありえねえ


反吐と罵倒と軽蔑と嫌悪。

負の感情が 生きてる実感。

良いか悪いか もう わからない


感じなくなると もう終わる

泣いて笑って怒って痛い。

何もないとこに 何もないわけ

無は 無であって 無ではない

行為を要する その行為

獣道とて 進む馬鹿 

獣と戦う 己も獣

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思い出す歌


たぶんちょうど一年位前に聞いた歌

懐かしさでも歯痒さでもやるせなさでも悲しみでも

今自分はここに居て 1つ1つ時間という名前の意識が経つ

求めているもの 言葉の1つ1つ。

あそこはコミュニケーションの場じゃない。

埋もれる気持ちも無い。 だからたぶん深く食まれない。

汗をかくことを気持ちいと思う 話したい奴と話すときの高揚感

夕方の路面電車の音 教会から聞こえる鐘の音 平日の昼間。

段々と記憶が消え行く。 ただ怖い。 何も亡くなることが。 一辺倒のとうへんぼく。

思い出せるのは それくらい。  もう眠気とか 気だるさとか。

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初夏之香

冷房の軽くかかった電車に乗り込んだときの

ちょっとした肌寒さと 懐かしい匂い。

もうすぐ夏が来る。

その前に 紫陽花の映える季節。

大学の学生会館の脇に咲いてた紫陽花の色が
 
いつまでたっても忘れられない。

訂正。忘れてたけど ふとした匂いで思い出す。

眼が痛いほどの紫外線。 青い夏と臥せた帽子が電車に揺れる。

黄色と青のアンバランス 

深く眠る種には 夏の暑さが丁度いい。 泡沫だとしても やっぱり少し胸が透く。

光を通す薄い体。 赤い血が流れる瞼。 日傘とソフトクリームと紅茶。


炎天下の下で テラスで甘いものが食べたい。

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情報って何だろう。


拡張性と市場性と 情報とブランド 
整理するのが難しい。
「欲求」を真ん中に持ってくると分かりやすいのかも。

使い古されたけどマズローの欲求段階説
http://www.dango.ne.jp/sri/maslow.htm

これをサッカーと白熱灯に当てはめてみる

      自己実現   ← スポーツ・音楽
---
     自我の欲求   ← サッカー
-----  
      親和の欲求   ← サッカー    
----------
      安全の欲求 ← 白熱灯
    -----------------
      生理的欲求
---------------------------


あれだなこりゃ。
サッカーって拡張性が高いんや。
人がサッカーに求める欲求(ブランドイメージとブランドアクション)は
人によって違う。

サッカーっていう素材は見せ方によって変わってくる。
情報と同じ。形のないもの。
サッカープレーヤーはサッカーしかできなくても
それを演出する人にとっていろんなカタチ(価値)にすることができる。

白熱灯は 人によって価値を変えることは難しい。基本としてあるのは明るさ。 ただ、明るいだけの電球じゃ誰も買わなくなってるもの事実。(あたりまえか)長持ちだったり手軽さだったり安さだったり。明るいっていうことプラスアルファの価値が必要。

目的 → 行動 ×情報 = 価値(目的を達成するためのもの)
     (行動 = 商品 でも可)

結論。  「情報とは物事に目的を持って付加されたものである」

ブランドとは 物を売るために付ける情報
だから情報誌と白熱灯を同じレベルで比べちゃいけない。
白熱灯に情報を付加する。 それが価値になる。価値になるから売れる。

そしてその価値を生み出すために必要なのがブランドイメージとブランドアクション。

この電球長持ちします!この電球は省電力ですっていうのがブランドイメージ
そして、実際それを利用してみて「ほんとだ!」って思うのがブランドアクション。
その2つがあって初めて価値が生まれる。  

サッカースタジアムに求めるものを作り上げること。そしてそれをどう実現させるか。
人がスポーツに求めているもの。そしてそれを提供するための素材(能力)があること。

では情報技術とは。

「田中君が関西スーパーで1つりんごを買いました」 これが事実。

その事実(物事)を目的を持って扱うと、それが情報になる。
会計的な観点から見れば1つのお金の流れという情報
消費という観点から見れば、1つの購買パターンという情報として。
一人の人間として見れば、「関西スーパーに行けばりんごが売ってますっていう」
自らの空腹を満たすための情報として。

そして、それを扱うための手段。それが情報技術。

人が何かをしようとしたときに 情報がなければ何も出来ない。

お腹が減った。

どこにいけば食べ物が売っているのか。
どうすれば食べ物が買えるのか。
食べ物を買うためには何が必要なのか。

人が何かをしようとするとき まず情報を得ようとする。

それを提供する術が情報技術。

情報技術は何もパソコンに限ったことじゃなくて 雑誌もテレビも情報誌も口コミも情報技術。


ブログに書かないでちゃんと文書にまとめなきゃ考えがまとまらなくなってきた。。

もーやめ>_<  GWの旅行予定と旅行記でも書こう。写真もUP。

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