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モノクロレターと僕が僕であるために

コンプレックスのない人間はいない

コンプレックスを忌み嫌うんじゃなくて

コンプレックスを認めよう

コンプレックスがあるということは

いまそこに自分と誰かが居るということだから











モノクロレターを書くほど時間も場所も

誰かが誰かであるために他の誰かが必要なんだろうか



誰が居ようとも

誰がいなくても



自分は自分だと

声を大きく張り上げて叫びたい



それがモノクロから学んだこと

良かったんだか悪かったんだか



余計に自分のことしか見えなくなった

本来自分勝手な人間が



自分が自分であるために

僕が僕であるために

続けなきゃいけないことは何だろう



何かが無くては生きていけないないのだろうか

人生はそんなに複雑なものじゃないから

そんなものないのかもしれないね



でも、何かが無きゃいけないって思うから

やっぱ無きゃ駄目なんかなぁ





船は一人で漕ぎ出せるんやろか。





カズトが隣に居るんだろ







それに酔ってるような それだけは無りたくない











暢気に有耶無耶しながら

生きてけるほど

強くも脆くもない



何か考える



考えることが その1つの答え

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