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いつでも僕ら以心伝心





いつでも僕は以心伝心?



そんなことは無理。



逆に 以心伝心でいることはとても悲しいこと



もう何だってわかってるし

何も言うことも聞くこともない



そうなってしまえば

人が人と一緒にいる意味なんてなくなってしまう。



根本に同じものがあってもいい。

(無くてもいいとも思う)



ただ、お互いがお互いを分かり合う時間

その楽しい時間が無くなってしまうことは

人生の半分を失ってしまうんじゃないか



他愛のない話も楽しいし

真剣に話し合うことも楽しい。



人といることが楽しい そう思えたからこそ 次の一歩を踏み出せる

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1・日常之記録」カテゴリの記事

コメント

この間ある女の子と話していて、世の中を見る視点が全然違う事がわかったけど、それでも二人はお互い好きで、たしかに誰かと考え方が違ったり、すぐに気持ちが伝わらなかったりしても、それでも一緒に話をするのが楽しい、っていうのは素敵な事だよね。

そういう事じゃないかな?

投稿: 上野 | 2005/05/13 午前 08時56分

そうかあ。
そうだなあ。
以心伝心だったら、話すことがなくなってしまう、かあ。
その通りだー。
親しい人とは、以心伝心できることもあって、でも、やっぱり、他人だから、口にしないとわかりあえないことがいっぱいある。そういうのがいい。
他人とはもともと完全にはわかりあえない。それが出発点で、それをわかってないと、大変なことになる。
でも、「どうせ、わかりあえないんだから」と話すことを最初から放棄してしまう自分が嫌だなあ。
もっと相手を知りたい!相手の立場を思いやりたい!そう思います。

投稿: もんちゃん | 2005/05/13 午後 11時32分

最近飲み会とかも楽しい^-^
この人こんな考え方してるんだとか
自分ってこんなキャラだったかなぁとか(笑)

お酒飲めないのに飲み会にいって
ほろ酔いで帰ってきて頭痛くなって

それでも飲みに行きたい~!

って最近よく思うことはいい調子。

でもたまに人と会うことが億劫になることもあって
自分って難しいなぁ とかも思ってます^^ヾ

投稿: Como | 2005/05/16 午前 01時29分

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