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ウルフルズのちょっと悲しい詩

自分に語りかける言葉

前をみて歩いていける
それがどんなに素晴らしいことなのか

楽しいときはその大切さを忘れてしまって
悲しいときにこそ その大切さを感じる

改めること 日々を振り返ること 
後ろを見るんじゃなくて ずっと前を見るために

【そばにいるには誰】 ウルフルズ

うれしい事や 悲しい事が君に 届かないなら
涙も枯れた この街のまん中 もしも届かないなら 誰かに話せばいい

眠れない夜は 悪い事ばかり考える そんな気持ち かかえ込まないで

そばにいるのは誰 うまく言えなくていい
そばにいるのは誰 僕はききたいよ 君の話を

忘れたくて ふさぎ込むような事が 君にあるなら
帰り道を 包み込む不安が もしも君にあるなら 誰かに話せばいい  
長すぎる夜は 嫌な事ばかり思い出す そんな気持ち おさえ込まないで

そばにいるのは誰 うまく言えなくていい
そばにいるのは誰 僕は大好きな君に話すよ

眠れない夜は 悪い事ばかり考えるそんな気持ち かかえ込まないで
そばにいるのは誰 うまく言えなくていい
そばにいるのは誰 僕はききたいよ 君の話を

そばにいるのは誰 うまく言えなくていい
そばにいるのは誰 僕は大好きな君に話すよ

【君にささげよう】

いつでもボクが自分に正直に生きていけるのは
あの娘が微笑んでうれしそうにキスしてくれるからかな
恥ずかしくて誰にも言えないほんの些細な出来事
あの娘はじっと聞いてカラカラって笑い飛ばしてくれる

ラララ 独りぼっちじゃない もっと遠くまで歩こう
やりたい事を やりたいだけやって 生きたいように 生きるだけ生きて
走れるうちは 走れるだけ走って それは全部 全部 君にささげよう
それは全部 全部 君にささげよう

満員電車がうっとうしく感じる駅のホームで
あの娘の笑顔思い出してよう 今日も一日がんばろう
どうってことないなんてことない ひとりぼっちじゃない
あの娘と見てるボクも同じ夢をいつもいつも見てる

ラララ 出来ないことなんてない いつもそばにいて話そう
やりたい事を やりたいだけやって 生きたいように 生きるだけ生きて
走れるうちは 走れるだけ走って それは全部 全部 君にささげよう
それは全部 全部 君にささげよう 

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日記を公開する理由

自分がWEB上で日記を付け始めたのは
僕が大学1年の<a href="http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=6000&pg=20001001">2000年10月1日</a>からだった。

初めは何も考えずに書き始めた。

改めてなぜ書いていたのかを思い返すと

自分の考えたことを知って欲しい、うなずいてほしい
自分が道を誤りそうになったときに正してほしい

そう思ったから。

でも、それに気が付いたのは今日。ほんの30分程前。
書き始めたころはそんなことを考えたこともなかった。
2000年の10月1日に書いた日記を今読み返してみても
とても的外れなことを書いている。


それでも、この日の日記を読み返してみると
日記を書いた日の事がつい数日前であるかのように思えてならない。

とても近い友達から
自分の日記をホームページで公開するなんてありえない。
と言われたこともある。

書いていくうちに悩むこともあった。
自分が日記を書いていることで、誰かを苦しめていることもあったと思う。

日記を通じて知り合った人もいる。ほんとうにたぶん偶然に。
でも、その偶然は偶然じゃなくて。

その全てが自分。
WEB上で公開している日記は
本当に自分自身の日々を切り取った欠片。


僕は物忘れがひどい。
忘れたくないことも、いつの間にか忘れてしまっていた。


でも、日記を読み返すことで
「自分」を知ることができた。

でも、自分で自分の日記を読み返すこと。
それだけなら紙の日記でだってできる。


わざわざWEBで日記を公開している理由。
それは自分を誰かに知って欲しい。
いまの自分が、自分で選んだ道を進んでいることを見て欲しくて
それを見て、頷いたり否定してほしい。


僕が、自分の考えてきたことを
全部言葉に出来て、覚えていて
それを話すことができれば
日記なんていらなかったけど

自分はそうじゃない。そうはなれない。

自分に自信を持ちたかった
自分が本当に正しい道を進んでいるのか

それを見ていて欲しかった。

それは依存なのかもしれない
自分で自分のことを客観的に見ることができてないからだと思う。

でも だからこそ 

誰かに自分の思ったこと、考えたこと、そして生きているということを

それを見ていてほしい。

人にうなずいてもらうこと
それだけで自分の言葉の中にある力が2倍になる。

人に否定してもらうこと
そこから初めて自分の言葉を客観的に見ることができる


読みたい人だけ読みにきて
それもたしかに思う。

でも、今の僕にはこの日記を読んで欲しい人がいる
たくさんじゃないけど、それでも何人か。

それはこれからも増えていく。
自分が生きてきて出会う人の数と比例して。

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日記パスワード化します。 

なんかいやなことがあった
日記でトラブった・・・

ということでは全然なく。

あまり自分と会ったことない人が
いきなりこの日記を見たら
これだけで自分のことを判断されるかも
と思ったからです

そんで2つにわけて、名称も変更

<strong>こもブログ(仮)→Jump over the Moon</strong>
  更新頻度 高し 
  内面的 日常的 掃き溜め・・?
  日々に忙殺されないための日記
  内輪な交流~
<strong>名称未定ブログ(笑)</strong>
  まじめに。
  演劇記録
  スポーツコラム
  時事ねた
  読書記録

にわけます。

たぶんここ2日くらいの間で仕上げるつもり。
基本的にいま見てる人には見てもらいたいのですが^-^
誰が見てるか把握しきれていないので(笑)
もしよかったら下にコメント or <a href="mailto:futsal_gk@hotmail.com">futsal_gk@hotmail.com</a>までメールください~。
直接会ったときでもパスワードお伝えします~。

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日記を公開する理由

自分がWEB上で日記を付け始めたのは
僕が大学1年の<a href="http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=6000&pg=20001001">2000年10月1日</a>からだった。

初めは何も考えずに書き始めた。

改めてなぜ書いていたのかを思い返すと

自分の考えたことを知って欲しい、うなずいてほしい
自分が道を誤りそうになったときに正してほしい

そう思ったから。

でも、それに気が付いたのは今日。ほんの30分程前。
書き始めたころはそんなことを考えたこともなかった。
2000年の10月1日に書いた日記を今読み返してみても
とても的外れなことを書いている。


それでも、この日の日記を読み返してみると
日記を書いた日の事がつい数日前であるかのように思えてならない。

とても近い友達から
自分の日記をホームページで公開するなんてありえない。
と言われたこともある。

書いていくうちに悩むこともあった。
自分が日記を書いていることで、誰かを苦しめていることもあったと思う。

日記を通じて知り合った人もいる。ほんとうにたぶん偶然に。
でも、その偶然は偶然じゃなくて。

その全てが自分。
WEB上で公開している日記は
本当に自分自身の日々を切り取った欠片。


僕は物忘れがひどい。
忘れたくないことも、いつの間にか忘れてしまっていた。


でも、日記を読み返すことで
「自分」を知ることができた。

でも、自分で自分の日記を読み返すこと。
それだけなら紙の日記でだってできる。


わざわざWEBで日記を公開している理由。
それは自分を誰かに知って欲しい。
いまの自分が、自分で選んだ道を進んでいることを見て欲しくて
それを見て、頷いたり否定してほしい。


僕が、自分の考えてきたことを
全部言葉に出来て、覚えていて
それを話すことができれば
日記なんていらなかったけど

自分はそうじゃない。そうはなれない。

自分に自信を持ちたかった
自分が本当に正しい道を進んでいるのか

それを見ていて欲しかった。

それは依存なのかもしれない
自分で自分のことを客観的に見ることができてないからだと思う。

でも だからこそ 

誰かに自分の思ったこと、考えたこと、そして生きているということを

それを見ていてほしい。

人にうなずいてもらうこと
それだけで自分の言葉の中にある力が2倍になる。

人に否定してもらうこと
そこから初めて自分の言葉を客観的に見ることができる


読みたい人だけ読みにきて
それもたしかに思う。

でも、今の僕にはこの日記を読んで欲しい人がいる
たくさんじゃないけど、それでも何人か。

それはこれからも増えていく。
自分が生きてきて出会う人の数と比例して。

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ケセラセラ

使い古された言葉だけど

ケセラセラ

たとえれば子供を身篭ったときの
正にその生まれようとする一瞬の痛み

ケセラセラ

なげやりなのかもしれないけど
神経が痛みを感じていることが
生きていることの喜びなのかもしれない

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やっとこさテスト終了・・

胃が痛い日々もこれでさよなら。
とはいかないかもしれないけど
何はともあれ一時平穏。よかったよかった。

さっそく今日の夜からサッカー行ってきます~。
久しぶりにボールを蹴る。楽しみだ~


帰ってから日記追加予定~★

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後頭部左上に

自分を見ている自分がいる

とても冷静に。

ポットからお湯を注いで紅茶を入れているとき

冷蔵庫からヨーグルトを取り出しているとき

そんなふとしたときに自分に言葉を投げかける

まるで映画のワンシーンのような瞬間
自分がそこにいるのではなく 自分が目の前にいるような錯覚

映画を見ているような
そんな日常。

じゃあ誰がその映画を見ているのか
それはやっぱり自分なんだろう

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聴く歌を変えたらテンション上がってきた(笑)

我ながら単純だ・・。昔はこの曲が好きやってんもんなぁ。

馬鹿ソング(笑)
でも、馬鹿が生き残るんです。


ホンキーマン by ウルフルズ

悪戦苦闘の日々だぜ けっこう揺れる志
年中あせってドジって ロンリーココロ空回り
いつもあの娘の笑顔は ハッピーお尻もセクシー

グッと元気になれるぜ ベイビー君さえいれば!!

愛して恋して生きてる I'm Just a ホンキー Just a ホンキー!
恥ずかしながら燃えている I'm Just a ホンキー Just a ホンキーマン!!

なんせ子供の頃から けっこう不器用なもんで
カッコつけて強がって しょちゅうテメェにくたびれ
今度生まれる時には ミック・ジャガーになりたい

ないもんねだりの連続小説ドラマは続くぜ!!

荒波もまれて生きてる I'm Just a ホンキー Just a ホンキー!
恥かきながら生きてる I'm Just a ホンキー Just a ホンキーマン!!

ホンキー ホンキー!!!! ホンキーマーン!!!!!!!

悪戦苦闘の日々だぜ けっこう揺れる志
ほんとあの娘に出会えて ラッキー神様サンキュー
青春転がり続けるダンシング 裸で踊れ

「運命」なんていう言葉で テンション落としてたまるか!!

愛して恋して生きてる I'm Just a ホンキー Like a モンキィ!
恥ずかしながら燃えている I'm Just a ホンキー Just a ホンキー!
荒波もまれて生きてる I'm Just a ホンキー Just a ホンキー!
体をはって生きてる I'm Just a ホンキー Just a ホンキーマン!!

ホンキー ホンキー!! ホンキーマァーン!!!!!!!!!

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あーまた勉強できてない・・

キーボードを叩いてる時間のほうがコピーされたノートを睨んでる時間より長い

パーソンズの社会学理論

誰か教えてくれ~・・・。

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Give And Take

Give And Take な関係

よく言われるけどどういうことなのか。

僕は多くの人にいろいろなものを与えてもらってきた。
主に精神的に。ぱっと考えてみてもその数は13人。
深く考えればもっと増えていくだろう。

この人にはこういうところがある。
こういったことを与えてきてくれた。

そのおかげで今の自分がある。生きている。


でも、自分はその人達に何をGiveすることができていたのか。

自分を蔑む というのがたぶん自分の性格だから
自分が誰かに何かを与えてきたという実感が持てない。

実際そうなのかもしれないけど。
自分が何を与えることができていたんだろうか。

何かを与えていないと不安になる。
誰かの役に立っていたい、誰かに必要とされたいという
感覚や言葉に依存している。


誰かが必要としてくれているから自分が在る

自分だけを見て欲しい。大げさじゃなくてそう思っている自分がいる。

いまはそれほどじゃない。
昔はそれだけだった。いまは少し大人になったんだろうか。

現実を知って失うこともあれば、得たものもある。

得たものは大きかった。

簡単にその想いを掻き消すことができない。
誰からも必要とされなくなったとき。
それが自分の存在の墓場であり
誰かのために自分の命を投げ捨てる特攻隊に
常に羨望の眼差しを投げかけている。

生きたいという欲望が希薄なわけじゃなくて
生きているという実感を持てないだけ。
死を身近に感じることがなくなっているから
そう思えるだけ。
たぶん地震が起きたときには
自分は生き残るために何でもやるだろう。
死にたくないと思ったときに はじめて死を恐れて
そこではじめて自分を診るのか。


自分が得たものはそれだろう。

自分が自分を必要とすること。

今まで見えていなかったところ。極限状態じゃない普段の日常で感じ取れた言葉。






昨日、テスト前の空いている時間に本を読んだ。

<img alt="4575297569.09.MZZZZZZZ.jpg" src="http://www.sports-life.jp/mt/archives/4575297569.09.MZZZZZZZ.jpg" width="110" height="160" />

<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4575297569/como-22">星屑たち?それからのアトランタ組物語 サッカー批評叢書</A>


城や前園、アトランタオリンピックの戦士達の10年。
彼らが2002年ワールドカップをどう捉えていたのか。
そんなに分厚い本じゃない。1時間半で読み終えた。


トルシエの言葉を借りれば「彼らは地獄に落ちていった」

誰のための人生か。何のための人生なのか。

自分のために使いたい。

でも、自分のためだけに生きていくことはない。

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歩いていける

唄に謡われてる時間。
テスト期間中なのに歌ばかり聴いてる。

考えなくちゃいけないのは
ウェーバー、パーソンズ、スペンサー...

でもいまはBUMP OF CHICKENのほうが
自分にとっての世界と自分を考えさせてくれる。

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はぁ~。やっとこさテスト4つ終了。

気が付けばあと5つも残ってるではないか。

でも、今までのテストはこれまでにない出来。
テストの答案を見て「完璧だ」なんてみたいなことを言ってみる自分。

胃が痛かったりあまり食べれなかったのはテストのによるところもあったんだなぁ。
だっていまはだいぶましになった。焼き鳥も食べれるよ。

でも、テストが終わっても解消されない悩みもあって。
でもそれは前向きな悩みだから胃が痛くならないと思う。

自分って神経質だったね。
そういえば。そこらへんA型なのかね。
普段O型なのに。オプティミストとペシミスト。
自分を左右する環境要因は一体なんだったんだろう。

たぶん何かにずっと怯えてる。

自分の幼い頃から今までを
簡単に振り返ったときに
トラウマなんて言えない。
ちょっとした出来事が思い出として蘇る。

克服したい。でも無くしちゃいけないとも思うわけで。

一人になってよかったな って昨日メッセしてて書いてた自分がいて。
また新しい自分に気づく。
たぶんあのままずっといれば、いまの自分はなかった。

あの頃の自分はあの頃の自分を好きだったかもしれないけど
いまの自分も今の自分のことちょっと好きなのかも。
自分を好きになる。別になるしーなことじゃなくて。

とても基本的なこと。 生きてることに感謝すること。

そりゃできないときもあるさ。ペシミストですから。
でもずっとオプティミストな奴にはなりたくない。

こんなことばかり書いてるから
自分の日記が切れを欠いてるんだ・・。

でも何でも全部書くってこと。
それはできなくなっていて。

今までは自分の感情の掃溜めだった。
でもブログはそうじゃない。人と繋がるためのコミュニケーションの道具。
人のブログを読むことでその人のことを少しでも思う。
自分のブログが距離感を持つとき。
それは喜びであり、また哀しみでもある

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児童生徒の15%が「死者は生き返る」・長崎県調査

児童生徒の15%が「死者は生き返る」・長崎県調査

 長崎県佐世保市の小6女児事件を受け、長崎県教育委員会は県内の小中学生を対象に「生と死のイメージ」に関する意識調査を実施。「死んだ人は生き返る」と思っている子供は全体の15.4%に上り、小学生よりも中学生の方がその割合が高かったとする調査結果を24日発表した。
 調査は、同事件の加害女児(12)の少年審判の決定が女児の特性について「自己の経験や共感に基づく『死のイメージ』が希薄」と位置付けたことを受けて実施。県内公立校の小学4年と6年、中学2年の計約3600人から回答を得た。
 「死んだ人が生き返ると思いますか」との問いに「はい」と回答した児童・生徒は小学4年14.7%、小学6年13.1%、中学2年18.5%で、中学生が最も高かった。
 その理由についてたずねると、約半数が「テレビや本で生き返る話を聞いたことがあるから」と答え、全体の29.2%が「テレビや映画で生き返るところを見たことがあるから」、7.2%が「ゲームでリセットできるから」と回答した。 (日本経済新聞23:47)


冗談だろ。
意図的に調査の数字が高くなるように操作されたとしか思えない。思いたくない。
それとも数字のマジックか。
中学2年生 100*0.185*0.072=1.332
100人に約1人。

これを多いと見るか少ないと見るか。

おれは、この数字が本当ならば
多い と思う。

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人に依存するってことはどういうことなんだろう

ここ1年、自分の中でずっと考えてきたこと。
振り切ろうと思っても、自分を追いかけてくる。

 人に依存するっていうのはどういうことなのか?

自分は何人かの人に依存して生きている。
それは一年前も今も同じ。

ほかに例えとして考えられる限り挙げてみると
この全部が自分が思ったことのあることじゃないけど。

誰かがいないと寂しい 相手には自分のすべてを知ってもらいたい 寂しい だから 会いたい 愚痴を聞いてほしい。 悩みを打ち明けたい。 いっしょにいたい。 いっしょに遊びたい。 自分の行動を束縛してほしい。 してほしくない。 話してほしい。 話したい。 聞いてほしい。 聞かせてほしい。 金銭的に必要 肉体的に必要 精神的に必要。


どれが依存なのかどうか。

たとえば人に依存しているのであれば

いてくれた という過去があればいい
いてくれるだけでいい(=?生きてさえいてくれればいい)
近くにいてほしい。
ずっと近くにいてほしい。

でも、その人がいなきゃ生きていけない。
そんな人は少ないと思う。それは男も女も関係ない。
それはその人の消滅が自分の死につながるってこと。
死んじゃいけないし、死ねない。
たぶん「生きていけない」って思うことがあっても
人は生き続ける。

じゃあ依存って何?

1つの例として思いついたこと

自分が自分の生を構築する(成り立たせている)ために必要とすること・もの・人

それが依存している(されている)対象なんじゃないか。
必要っていう言葉の範囲が曖昧だから、それは莫大な量になる。
だから僕はコンビニの弁当にも依存している。
野菜。食物。ペットボトル。そしてタバコ
はたまた音楽や雑誌やテレビ、パソコン。
仕送り、バイト代。
自分のまわりにいる人。まわりにいない人。
居場所。肩書き。役職。地位。

何を書いても違和感だらけ。

だって答えなんてないんだから。

自分で納得のいく答えを見つける。
んにゃ。違う。
見つけようとする。
これが大切なんだろう。

1つだけ言えること

それは人に対する依存は自分だけの問題じゃない。
相手があって成り立つもの。
だから一番厄介なんだろう。

ものに対する依存は人には迷惑をかけることは少ないけど
自分の体に影響のあるものは多くて。
金や地位に対する依存は人に迷惑をかけることがある。


すべてに共通するもの

それは「守りたい」という思い。
「なくしたくない」という敵意。

自分の縄張りを荒らされたら猫や犬だって戦うんだから。


すべての前提としてあるもの

それは自分が一番自分に依存していること。

自分という存在がなければ自分の生を成り立たせることもできない。

誰もいなくても、何も無くても生きていける。
そんなことは絶対思わないけど。

自分が無くちゃ生きていけない。

それは必ず言えることだから。

<u>追加・・・えっと。このブログとても長くなる気がします。</u>
それは自分の考えが整理できていなのに徒然と書くからです。
ですので整合性なんてありません。矛盾だらけです。

気づいたこと。それは自分は人から必要とされるという実感が必要だったんだ。
だれかが自分に依存してくれているという実感。それに依存していた。

人から必要とされたいと思うことは別に悪いことじゃない。
人の評価。評判。名声。地位。居場所。それはいろいろな言葉に例えられる。
でも、それだけが存在理由ではない。

自分にとって認められることだけが生きているという実感だったことがある。
許されることに救われてきた。自分の居場所がある。
そう思ったときはそれしか見えていなかった。

依存の一極集中。

最大多数の最大幸福。

あー。もう考えるたびに頭が混乱してきて
胃が痛くなる・・・。誰かと話して自分の考えを言葉にしたい。
ってそれも依存なんだろうか。

いまのところはブログに依存。

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企業の社会責任投資を考える

富士ゼロックス社長の靖国参拝発言から企業の社会的責任とその影響について考える。


会長宅に実弾のようなもの届く

>東京都目黒区の小林陽太郎富士ゼロックス会長(71)宅に、拳銃の実弾のようなものが送りつけられていたことが20日、わかった。同会長宅には9日、玄関脇の植え込みに火炎瓶2本が投げ込まれているのが見つかっており、警視庁公安部が両事件の関連を調べている。小林会長は日本と中国の有識者による「新日中友好21世紀委員会」の座長を務める。昨年9月、「中国国民の感情を逆なでする」として小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反対を表明、反発した右翼団体が同会長宅前で街宣活動を行っていた。 (日本経済新聞)

近年の企業の社会的責任の高まりから、経済業績のみによる企業評価から社会業績を含む企業評価が注目されている。 企業がどのような社会的な責任を果たしているか。それを選択的購買や社会的責任投資につなげるものである。今までは不買運動だけであった消費者が、その企業がどのような社会的活動を行っているかによってバイコット(Buycott)や投資家からの投資にも繋がっている。

今回のケースは、社長の発言により富士ゼロックスという会社が中国と日本の関係を明確にしたと言う意味で、その影響力は主に中国に向けての企業イメージに影響を与えている。

簡単にいえば靖国参拝により中国における日本企業のイメージが悪くなっている中(サッカーのアジアカップなどを見ればわかるように)で「わが社は中国との関係を良好に考えています」というスタンスを示すことができた。

これは企業の利益と社会的な利益を繋がったものとして考えるマーケティング(コーズリレーティッドマーケティング」である。社会改善運動と関連付けられたマーケティングと言われる。社長が「新日中友好21世紀委員会」の座長を務めることもその一例であろう。

経営学のテストが明日・・。企業の社会的責任も出るので整理する意味でブログ書きました。
この分野は面白い★ 逆に経済学(理論)は苦手です・・。

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あー映画みたいなぁ。

先日試写会で映画を見てから
自分の中で映画に対する渇望が強くなってきた。

テスト期間に毎回そう思ってたりするんだけど
それは置いといて・・。

卒業までもう2ヶ月をきって(3月15日付で卒業)
自分のなかでのストックを増やしたい というのがある。

いままであまり映画を見たり本を読んだりはしなかった。
読んだとしても指南書だったりマニュアル系の本。
読めば分かるWEBアプリケーションとか(w)

そうじゃなくて、いまの自分の考えを言葉にするための本や映画。
自分のなかで言葉にできない感情や想いを吸収するため。

自分の感情も言葉にしなきゃわからない。

なんとももどかしいけれど。

言葉があるから悩むこともあれば
言葉があるからこそ救われる。

あー思いっきり笑ったり泣きたいなぁ。
ってのも思う。

お薦めの映画・本教えてくださいな^-^
試写会とか映画観にいくときももしよかったら誘ってくださいな。

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体重の変化。体の変化。心の変化。

今日風呂入ってて気がついた

風呂の中で髪を洗いながら無意識にため息をしてた。

ショックだった。なんでだ。



この10日間で体重が3キロ減った。

今年から自分の体重をグラフにしてチェックしてて
増減が分かりやすいってことなのかもしれないけど。
胃が小さくなった。すぐに胃がもたれる。
1日1食。プラス果物や紅茶とか。
思い当たる節はいくつかあるけど
それが解決したらましになるのかなぁ。


睡眠が不規則。

寝つきが悪い。これは昔から変わってない。
ただ、眠たいのに寝れないことが増えた。
とくに家に一人でいるとき。
自制せいってことなのかもね。


人の日記にさなぎ(蛹)のことが書いてあった。

さなぎの数だけ
いつか蝶が空を舞う。

途中でさなぎが干乾びることもあるだろうけど
簡単には無くならない。無くせない。
さなぎ期間。羽化するまでの時間が長い。
悩むことも必要だね。寂しいって言ってるだけじゃ何も始まらない。
だってもう生は始まっちゃってるんだから。
終わらないことなんてない。
始まりが終わり。終わりが始まり。
なんて思えるには何が必要か。

酒かタバコか安らぎか。

それも必要なときはあるかもしれないけど
それより必要なのは、どろどろとした再構築の時間。
すべてが溶け合ってカタチを変える。
カタチが変わったって変わらないものもある。

自分はどんな蝶になるんだろう。
分からないことが怖くて。でもそれを楽しみに思える力もまだ残ってる。

空の青さを恐れるんじゃなくて、希望の目で眺めることができている限り。

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いまなぜブログなのか。ちょっとまじめにITる。

自分のまわりのいろいろな人がブログを書いてる。

それを読むのは面白い
とか書いていること自体は一旦置いといて。

「なんでブログなのか?」


「更新が簡単」とか「デザインが豊富」とかいろいろ理由はあるけど。
(携帯から見れるのもあるし)
でも、これだと今までの日記サイト(enpituさんとか)と変わらない。

ブログの特徴を挙げてみる~(というか俺もあまり知らないので整理する意味で)

1・RSS機能
2・トラックバック。


1・RSS機能

毎日いろんなブログを読みに行ったりするのって面倒だし、できればメールソフトみたいに
一括で全部読めるようになれば・・っていうのが<a href="http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/pc/310603">RSSリーダー</a>

これは良し悪しでリーダーで読めちゃうと、1つ1つの文章が単なる文字列になってしまう。
サイト全体の構成から文章や写真を載せている人から見れば厄介なもん。
消費するための道具 になってしまわないようにしないと。

2・トラックバック

自分はトラックバックをあまり貼りません。コメントもあまりしないです・・。
このお店いいなーってとこのドアをノックする感じ?かな。
ノックするのは自由。そしてそのお店に自分の店のチラシを置いてもらうような。

なんかライブハウスとか演劇劇団のような繋がりなのかも。
そこにあるブログが、そのブログに興味のある人のコミュニティになる。
「わたしもこのサイト見てるんですよー。
もしよかったら同じトピックで自分もブログ書いてるんで見に来ません?」
って言える。

ある意味「調子のいい奴」「無神経」って見られちゃうこともある。
ちなみに自分はトラックバックで繋がった人があまりいません・・。

うーん。。頭が働かないので続きはまた書きます。。、
かといって全然眠れないのでもうちょい起きてます。。

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自分の変化に驚かされる

自分ってこうだなーって思って
相手はこうなんだ・・・ってずっと身構えてたら
実は案外そうじゃかなったり

そこにあるのは大きな空洞。喪失感。

俺はこういうヤツなんだ!!
おれはこう話したかったんだ!!
って思ってたのが
いまはもう自分はそう思っていなかった。
そうじゃなかった。

自分に拍子抜け。
だから「俺はこう思ってたはずだ」
っていうのがずっと先行しちゃってて。
例えれ「ばおれはもっと熱いんだ!!」って思ってても
そのスイッチがどこにあるのかもわからなくなってしまった感じ。


でも、相手は言葉を選んで自分に話しかけてくれていた。
自分の伝えられる部分とそうじゃない部分を探しながら
それでもできる限りの部分を伝えてくれていた。

でも、自分は「この人はそうじゃない」なんて決めつけていた。

今思い返せば相手のことを考えない不躾な自分だった。





<br><br><br><br>

冷静な自分と感情的な自分。

どっちがいいのか。

自分がとても冷静になる。ってことはなかなかできなかったこと

でも、ちょっと昔は「妙に冷めてる」ということを言われてたこともある。

人に対してとても冷静になってしまうとき。

それは自分に関係のないことだから冷たくなる時もあるし
逆に「相手に言ったほうがいい」って相手のことを思って言うこともある。
だから感情的に話すことが、
その人は自分のことを考えてくれてるってことじゃない。

どっちが本当の自分なのか。
やっぱ両方。
俺にはスイッチがONになるときも必要。

両方できれば一番いい。




相手を見てストラテたてなきゃ。って言葉が耳に残ってる

いろんな人にあってその人の考えはそれぞれ違うから

俺のスイッチがオンにならなきゃ話してくれない人もいる。

「お前がアホなら心割らんで」ってのは芥川賞作家の言葉

何をアホと見るか それはその人によって違う。

アホだと話してくれない人もいる
アホだと話してくれる人もいれば


ヌイグルミの自分が必要な相手もいるし
ファスナー開けて話すことが大切な人もいる

でも、いまの俺はファスナーを開けて話す方が楽しいと思ってる
でもそれは自分だけの理想。



相手がそれをどう思うか。


ファスナー開けてみたら
「!!??」って思われると
逆に近寄ってこれなくなる


感情のコントロール。
コントロールしないことが相手にとっていいこともあるけど
冷静にコントロールして話すことも。



相手はほんとはどうなんだろう。

それはたぶんいつになっても分からないことだから



でも、分かることが増えたほうが楽しい
分からないことが多いってことはもっとお互いを知ることができる
これは最近思い始めたこと。知ってしまったこと。



「この人はこうなんだ。でもこういう側面もあるよね。
そして、まだ見てない部分もたくさんある。だから全部見せて」

それだけだと自分勝手になる。



相手に見せたくない部分もある。
だれにも見せてない部分もある。
自分だけが分かっていればいいこともある。
相手のことを分かってる部分もある

それはおれも一緒。

自分はこれだけ見せたんだから
相手には同じくらい返して欲しい
自分はスイッチ入ってるんだから
同じだけ見せようよ
なんていうのは自分しか考えてない。
それはやめてこう。


いままで自分のまわりの多くの人とは
適切な距離を保つことが出来ていると思う。

言わなきゃいけないことは言ってたし、
言っちゃ駄目だと思うときは言わない。

でも言わない人のほうが多い。
それは自分が人に近づくことが少なかったから。

だから、近くにいてくれる人に対して甘えたり依存したりしていたんだと思う。

自分の近くにいてくれる人には自分のすべてを知ってもらいたい

その感情はとても厄介で。

それが度を過ぎるとやっぱり依存になってしまう。


それが分かってないと
もし依存してしまいそうな人とまた出会ってしまったら
同じ失敗を繰り返してしまうかもしれない。


同じ失敗を繰り返したくない。


「相手のことをわかりたくない」っていうのは絶対にない。
「伝えてくれる部分はすべて伝えて欲しい」



受け止めることができるかどうかは分からないけど
投げてくれたキャッチボールのボールは
全部受け止めていきたいと思う。

そして、相手をみてボールを投げる。
投げてあげるんじゃなくて投げる。

「相手にこれぐらいわかってほしいな」
「これくらい分かりたいな」っていうのを

どうやったら伝えることがデキルか。伝えてもらうことができるか
どうすれば自分の中にそれを確立することができるか

たぶんこれから今までに会ったことのないくらいたくさんの人に会う。
これからの課題。

それにはまず「相手を診る」こと。

 新年に立てた今年の目標です。
今日はできていなかった・・。もうすぐ2月。ちょっとずつ進めていける。


何度も書き直したブログ。できる限り自分の言葉で。
自分の伝えられることをできる限り伝えるように。

自分のまわりにブログ(日記)を書いている人が増えてきた。
でも、ブログだと相手の反応がわからないし、自分の伝えたいことも伝えられない。
万人に向けた言葉には距離がない。
距離がないんじゃなくて、読む人が距離を測れない。

だからブログを書いてる人といろいろ話したい。

話せば分かる。ってことじゃないけど、話していると楽しい。
いっしょにいると嬉しい。

そういう人が何人かいる。
そうなれるかな って人も。

(1月22日・文章追加)

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胃がいてー


なんかあるとすぐに胃に来る。
一部分に負荷が集中する感じ。
胃に穴があくってのもわかる気がする。
あと寝つきが悪なったり動機が早かったり
体と心は一体なんやなぁ
とふと考えてしまう。


対処法も自分で考えてそれでなんとかなってるし
まぁ 人に迷惑かけて当然 とか思えれば楽になれるのかもね。

ある程度の開き直りが必要だってこともわかってきたけど
やっぱり少し成りきれないところがある

でもそれが今の自分だから って
それだけは譲っちゃいけないんだろう

自分は代わってへんよ

だって自分やから。

変わるかもしれへんけどね。


でもやっぱり卒業したい・・(笑

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今井雅之

「テレビはバイトだと思ってる」


今井雅之が日テレの番組で言ってた。


「事務所潰れちゃいますから」




番組名 サンクチュアリ 大人の聖域

お勧めです。

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現状把握 それでも自分は自分だから

先週先輩と飲んだときの話の続き



<img alt="yuutai.gif" src="http://www.sports-life.jp/mt/archives/yuutai.gif" width="280" height="414" />

自分がこうなりたい!とか
目標はこれです!

みたいなことを言ってるやつは
いまの自分が見えてないだけ

目標意識がまったくなくて
何もしてないやつよりはましだけど

例えるとしたらなんだろな・・・
うーん。進化する前の首の短いキリン?

首が長くなりたい!もっと高い餌が食べたい!とか思ってても
いまそいつは餌を食べなきゃいけないし。
首が短いかなでどうやっていくか考えなきゃいけない

「おれ首が短いんだよね・・・長くなりたいよ」
とか言ってても何も始まらない。

何もかわってないわけないし
それがいまの自分なんだから。

まずはそれを見てみようと

これが駄目です。
これができてません
人にやさしくないです。
人としゃべれません。

~ができてません。


で いいやないですか。


それで凹んで卑下しない。
卑下しても何もはじまらん。

それで居直るよりはいいかもしれんけど

「お前これが最低だよね」
「ここ直したほうがいいよ」
「ここが嫌い。最悪」

って言われたら

(ってそんなことは言われてないけど)

「うん。そうやね」
「それが自分だから」

って言える。

自分が変えたほうがいいと思ったら変えようと思う
そんで次会うときには変わってるかもしれんけど

そのときはそのときで
また先輩と楽しく話せる^-^

テスト明けの飲み会がいまから楽しみや~。

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ひさしぶりの映画鑑賞

今日は友達に誘われて試写会でのひさしぶりの映画鑑賞

BornSupremacy 

記憶を喪失したCIAのトップエージェント。

オレは知りたい
自分が何者なのか

映画で主人公が鏡を見るシーンが映る。
それも一度だけではなく何度も。

そこでずっと自分の顔を見つめている。

自分の名前もわからない
自分が過去にどんな任務をこなして
そして誰を殺してきたのか

それもすべて分からない。
分かることは夢の中に現れてくる断片的な夢の欠片だけ。


「知りたい」

その思いが強い。

過去に何があったのか

自分が 両親を殺した子供に会いに行く

そこで伝える言葉も

知って欲しい。
知りたい

オレなら知りたい

自分勝手な
そして一方的な言葉でも

過去といまの自分

伝えることで清算したんだろう


そして未来を。


最後に残るものは


これが自分だ


人がどう思ってるかとかじゃなくて

自分がやってきたこと

自分が自分のこと、人のことを 
どう思っているか

そのすべてが自分だ

鏡を見ても

いまじぶんがいる

ってことを再確認させられても

これが自分だよ

相手がどう思っていても

そうだよね

っていえる

凹んで落ち込んだりしない

人に感謝です。


これが自分だから


変えたいと思えば変えていけばいい

人がどう思うからじゃなくて

自分がそうなりたいから

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Not for Prize but for Pride

<img alt="bear.gif" src="http://www.sports-life.jp/mt/archives/bear.gif" width="240" height="180" />

いままで生きてきて
衣食住に不便したことはない。
友達にも恵まれてきた。
仕送りも貰ってる。

死にたいと思ってもそれを行動に起したことなんてない。
怖くてできない。

自分のまわりの人がすべていなくなってしまったら
それが天災や事故、そして病気でなく
自分を見切っていなくなってしまったとしたら

それは死ぬことよりも怖い。
見捨てられることをずっと怯えている。

大学一年の頃に演じた脚本が
太平洋戦争のときの神風特攻隊の話だった。

誰かのために自分の命を投げ捨てること

それこそがこの世界で一番尊い死に様だと信じて疑わなかった


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ちょー気持ちいい。


行ってきました。キックボクシングジム。
そこでやりました!!ミット打ち!

ちょー気持ちいい!

最初はそこまでやるつもりじゃなかったから
ちょっとびっくりしたんやけど、基本的な構えを教えてもらって
ジャブ・ストレート・左右のコンビ。そして右のキック。

鏡張りの部屋やったからシャドーやるのも楽しくて
けっこう狭い部屋やったから(隣には次の時間のプロの人達もいたし)
5分×3セットくらいしかできへんやったんやけど
それでも疲れた~。心地いい疲れ。

でも、足は大丈夫なんやけど
いまは両腕が筋肉痛になりそう・・。

パンチのときに大切なのは足首の使い方。
ちょっと捻るだけで攻撃できる範囲が広がって威力があがる。
パンチは足で打つ。ほかには打った後でもすぐにガード。
どんなときでも顎は挙げない。打つときの指は一直線で。

うーん。いろいろ気ーつけなあかんなぁ。


ジムに行く前には授業でテスト情報とレジュメをコピーしてもらいました。
これで磐石(笑)
レジュメをコピーさせてくれた人がとてもいい人で
旅行の話とかゼミや授業の話とかちょっとしゃべってました。
人としゃべるのってちょー楽しい(笑)

今までは自分って人に興味がなかったんだなぁ
ってつくづく思います。いまはいろんな人と話したい。

でも、それは「話したい」っていう衝動で、
それに伴う思考があるわけじゃないから
もっと考えてこう。

体が疲れてるから今日はぐっすり寝れそうだ~。

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タバコと自殺 因果関係が違うから・・

 日本人の中年男性では、1日に吸うたばこの本数が多いほど自殺する危険性が高まるとする大規模疫学調査の結果を、厚生労働省研究班(主任研究者・津金昌一郎国立がんセンター予防研究部長)がまとめた。21日から大津市で開かれる日本疫学会で発表する。

 日本は年間3万人を超える自殺者が出ており、自殺による死亡率が世界でも非常に高い。研究班は「たばこと自殺の関係は未解明の点が多い。禁煙で自殺が減るかどうかも研究課題だが、喫煙本数の多い人の心の健康に注意することは、自殺予防対策に有効だろう」としている。

 研究班は40-60代の男性約4万5000人を約10年間追跡。この間に自殺した173人の喫煙状況を調べた。
 その結果、1日の喫煙本数が20本未満の人と比べて、自殺の危険性は30本以上40本未満の人で1・4倍、40本以上の人で1・7倍に、それぞれ高まった。
(共同通信)

タバコをやめる→心の健康がよくなる→自殺が減る

ってことだろうけど

心の健康がよくない→タバコが増える

ってことだと思う。ライトスモーカーの主張。

でも、たしかにタバコを吸うことが逆に気分をまいらせる時もあるので
自分が「タバコを吸いすぎてる・・」と思ったときには
自分の心の調子が悪いってことをもう一度見つめ直すことが必要ってことやね。

あと、タバコに代わる対処法を持つことができれば、その悪循環も防げるかもしれない。

ということで今日は今からジム行ってきます~。
いまは別に体調が悪いってわけでもないけど
足のリハビリも兼ねて。

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ひさしぶりの合コン(笑)

俺が合コンに行ってるっていうと
けっこう驚くかもしれないけど
自分が一番驚いてます(笑

いつぶりだろ。。。大学入ってすぐの一年のころ以来かなぁ。
あんときは最悪で全然話せなくて、終わった後に男だけで
なんだよ~とかつらかったね~みたいな話をしてました。

そんときに比べたら
むっちゃ楽しかった~!

まぁメンツに掛かってるところが一番大切やとは思うんやけど
いろいろ話できたし、純粋に話してると楽しい
ってのがあって

あまり合コンっぽくなかったのかもしれないけど
とても楽しい時間でした。

恋愛?とか考えるような時間じゃなかったのかもしれないけど(笑)
つぎもまた飲んだり遊びに行ったりしたいなぁ。

人と話すことが自分の糧になる。

自分が落ち込んでるとき
凹んでるときは きまって一人で家にいるとき

そんなときの対処法は
酒 か 煙草 か パソコン(and 日記を書く) 


<strong>でも対処法だけじゃいけなくて

そうならないための積極的な治療が必要

<a href="http://www.asahi.com/ad/clients/waseda/student/zemi/14.html">Well-Being</a> のための<a href="http://organization.web.waseda.ac.jp/themecollege/community/kyosei/bonsympo/opengreeting.html">Positive Health</a>
(教授のページとかに飛びます)</strong>

家の中になるべくいないようにして

人の誘いを断らない

ってのは友達の言葉だけど
おれもそれをちょっと真似させてもらいます。

そしてもっと外に出よう。
いろんな人と会って話をして
自分の心の種に水をやろう。


自分が上向きだったり 心身ともに調子のいいときは
まわりにいる人も幸せにできるといいなー


【 追加 】


あと対処法に1つ追加
体を動かして疲れはてて寝れば。
朝起きたらちょっとましになってる^-^

サッカー、フットサル、テニス、スカッシュ、ダイビング、キックボクシング...
サックス、ピアノ、ドラムとか...

ヨガもいいかも。ダンスもやりたい。

演劇の稽古もちょっと2月から再開。
はじめはワークショップに参加。
舞台に立つかどうかはわからないけど。


心身ともに健康に。

健康っていうとちょっとうさんくさい感じになってまうけど

心身ともに上昇中。

っていうとちょっとええかんじやん?

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ひさしぶりの再会

この日はサークルの先輩の結婚式2次会でした。

そして久しぶりに会う顔がたくさんありました。


印象に残ったのは先輩の幸せそうな笑顔、
そして新婦といっしょに会場に入場してくるときに歌ってたウルフルズの歌

サークルのみんなや会社の同僚に一人一人に挨拶にまわってた
その間ずっとずっと二人は手をつないでました。

それがとても印象的で。
なんか自分もちょっと嬉しくなりました。

人の幸せな顔を見ると自分も幸せになる。

ええことばっか言うようでなんですが

八方美人で自分の言いたいこと言ってないとか
人に気をつかってるのって辛くない?って聞かれることもあるけど(笑

幸せそうな顔を見てると嬉しい

それは自分の素直な気持ち。

あーちょっとはずかしい(w

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授業の受け方~いつ何時デモ楽しむこと~


手帳を新しく買いなおしました。
年末か1ヶ月遣ってた手帳。
変えるならいましかない
というタイミングです。

そして授業を受けてて
「携帯で授業」

授業中ペンが薄くなって書けなかったときの非常手段だったんですが
これがなかなかいい。データとしてパソコンに送ればノートを持ち歩かなくていい。
そして携帯を打ってるとなかなか眠くならない。
自分も思ったこととか参考とかもすべて打っていけば
ぼーっと授業を受けてるよりもよっぽど面白い。

「どうやって面白く授業を受けるか」

これは授業に限らず 
「こんなもん役に立たないよ」とか「これやって意味があるの?」ってことは
働いてからもたくさん出てくる。

それをいかに楽しめるか。それをどうやって自分の役に立てるか

たとえばセミナーや講演会にいって
「この話聞いたことあるよ」「あーセミナー代もったいないなぁ」
ってだけで終わったらお金も時間ももったいない。

一人でぼーっとしてる時間をなくしたい

一日一日の時間をメモしてみたら
いかに自分が「無」の時間をすごしていたかがわかる

「無」の時間を楽しもう って思えれば それは無の時間じゃなくなる

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楽しいなって思えるとき

自分はいつそう思ってるんだろう?

大学で授業を聞きながら
ちょっと昔の思い出に浸っていた。

そこで現れたキーワード。

<u><strong>「どんなときに楽しいと思えるか」</strong></u>

それはええかっこしいでも偽善でもなんでもなく
誰かが笑ってくれたとき だと思うんです。

中学・高校とかのころは1人でどっかいったりしてました。
友田といっしょに遊ぶこともあんまりなくて
行った事のない場所とかお店を1人で探索してました
その時は、それがそれなりに楽しくて。

でも大学に入ってサークルに入って。
人といっしょにいる時間が楽しいと思えるようになりました。

友達に対して表面的な付き合いだけだった今までの自分が
ちょっとは変わったかなって。

自分は嫌な人といっしょにいることは10分でも耐えられないけど
いっしょにいたいなーって思える人だったら何時間でも大丈夫。

でも自分は楽しくても相手は本当に楽しんでいたんだろうか
そう思うことがたまにあります。


たとえ自分がいっしょにいて楽しい。もっと楽しんでほしい。
と思っていたとしてもそれが実はそうじゃなかった。

ほんとはいっしょにいても楽しくなんてなかった
いっしょにいる意味が見出せない

それは自分はその人にとって無価値。そう思われたってこと。


邪魔なんだ。
そっか。俺なんていなくていいんだ。

自分でも自分の価値を見いだせなくて
自分が自分を楽しませることもできなくなってて。

でも、そう言われたとしても
自分がどんなときに楽しいと思えるか

それは強がりでもなんでもなくて
やっぱり人といっしょにいる時間なんです。


この出来事は
小学校のころ少し虐められてて
人と関わることを避けてた自分が
この年になってまた出会った壁なのかも。

もう傷は大丈夫。
寒い日はその古傷が痛むときもあるけど。
これからはリハビリだ。

自分を支えてくれる杖がなくても
一人で歩いていけるように。

「杖にたよってばかりじゃ、いつまでたっても歩き出せないから」

病気で倒れて半身麻痺になっても
いまでは杖も持たず90分座ることなく教壇にたっている教授が
教えてくれた言葉。

今月退官する先生。あまり授業は出てなかったけど
先生の授業好きでした。

人といっしょにいる時が楽しいってこともわかった。

いまは人といっしょに酒を飲んだり話してる時間がとても楽しい。

ちょっと前には考えられなかった。

あとは自分が自分を信じてあげること。
指針。指標。
それを貫くことが経験となりプライドになる。

いまになってそれに気付いた。
ちょっと遅れたけど、遅くなんてない。
<br><br><br>


壁が乗り越えられなくて壁の前をうろうろしてる

杖がないと歩けないの?


自分に問いかけてみた。
<br><br><br>


自分を物足りないなんていわせるかい(笑)
もっと大きな奴になったるわ。

人を見返す力。それすら動く理由になる。
前に進めるんなら。利用させてもらおう。

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眠れない。控えゴールキーパーの思い

布団に入っても眠れない。
こんなこと久しぶりだ。

練習中は普通だった。
いつもどおり練習をこなして
練習の後は笑顔で仲間達と談笑してたはずだった。

家に帰って部屋を掃除した。
明日の練習に備えて早く寝るつもりだった。
常に良いコンディションを整えていかなきゃいけない。
それはいつも心がけている。

それでも。
布団に入ると眠れないんだ。

正ゴールキーパーのあいつの顔が
閉じた目の隙間から入り込むように浮かんできて

その度に鼓動が早くなるのが分かる。
やめてくれよ。眠るときぐらいじゃましないでくれ!

アドレナリンが邪魔をするのが分かる。
心拍数が上がる。目が冴えていく。

何がいけなかったんだ。
なぜあいつがゴールを守っているときに
自分は常にベンチでもがき続けなきゃいけないんだ

何が悪かったんだ
あいつの何が俺より秀でている

すべてを破壊したい衝動に駆られる
泣いて事態が好転するんなら泣いている
ガラスを叩き割ることで気が済むなら
とっくにガラスの一枚くらい叩き崩してる

そんなときに限って
自分がゴールを守っている試合なんかを思い出してしまう。

観客の声。仲間と喜び合う自分の姿。そして充実した時間。
生きているということを実感していた。
俺にはサッカーしかない。サッカーがあればいい。
そう思っていた。

あの頃は楽しかった。
すべてが鮮明に思い出せる。


・・・駄目だ。
泣いたって何も好転なんてしない。
分かってる。あぁ。分かってるよ!
うるさいな!やめてくれ!

自分を鼓舞する。
泣きたくなんてないんだ!
お願いだから消えてくれ
寝させてくれよ


情けない。悲しい。どうにかしたい。

どうにかしてくれよ・・・。


なんでなんだ。
寝させてくれよ。
一晩寝て明日になればいつも通りの練習の時間だ。
練習中はすべてを忘れられる。

夜が。夜がすべて悪いのだ。
日が沈まなければいい。眠らならなければいい。

でも眠らなくてはいけない。
生きていかなくてはいけないのだ。


明日もまた練習が始まる。

そして試合が始まれば
自分が選ばれることのないあいつのいる場所を。
冷たい椅子に座りながら見つめている自分を。
現実を思い知らされるのだ

何がいけなかったんだ。
なぜ俺が定位置を追われたんだ

あのときミスをしたからなのか
ほんの少し仲間を信じてやることができなかったからか

いや。違うんだ。
俺がサッカーの神から見放された理由。
その原因がわかっているだけに
もう何も言えないのだ。

あいつが選らばれる理由もわかっている
分かりたくなくても分かるんだ

楽しかった時間も
いまは思い出すことが苦痛になってきた。

一つ一つの出来事が頭のなかで繰り返される。
それはカラーで。自分の手の感触ですら
すべてが鮮明で。

それがいまは
正ゴールキーパーという存在が
すべてを掴み取っている。

おれは小さく座りながら。
あいつの目は俺なんて見ていないだろう。

その笑顔はとても残酷だ。
試合後のインタビューなんて聞きたくもない。
俺に話しかけるな。

たのむからそっとしといてくれ。

寝させてくれ。

すべてが消えてしまえばいい。
消え去れ。

正ゴールキーパーのあいつも。
俺も。
そしてサッカーも。

すべてがなくなればもう悩むなんてことはない。
やすらかにねむれるよ




そんなことを思いながら
布団にくるまった。

明日もまた朝が来る。



サッカーなんて
やらなきゃよかった。

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みん就(みんなの就職活動日記)by楽天

<a href="http://www.nikki.ne.jp/">みん就からリクナビへのリンク(トップバナー広告)が消えた(笑</a>

楽天&みん就 vs Yahoo&リクナビ

この戦い・・。
蟻と像の戦いでしょう・・。

蟻が勝つにはどうすればいいか。
うーん。

毎ナビとか日経ナビが斜陽なので
楽天がどっかを買い取って対抗すれば面白い。
(みんなリクナビくらいしか登録してないのでは?)
就活サイトに登録する理由として
「自分が就職したい企業の情報が手に入るから」

まさにコンテンツ勝負。

ソニーとかマスコミ?とかの学生に人気のある企業の採用試験を受けるためには
楽天の就活サイトに登録しなくちゃいけない・・というような状況になれば
みんなそこに登録するだろうけど。

いまはリクナビの一人勝ち。

企業が就職サイトへ広告を出す金額の値崩れが
(トップのほうだけ)起こってる気がする。

「自分が就活してたころはリクナビくらいに登録してればよかったのになぁ」
と思うときがくるのでしょうか。

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部屋を大掃除。場所を有効に使おう。

11時くらいに家に帰ってきて
あまりの汚さに思い立って部屋を掃除する。

深夜なので掃除機とかはかけれないけど
ゴロゴロするやつでソファーとか床とかを無心で掃除しまくる。
カーペットをひっぱがしたりコタツを畳んだり。
いらない雑誌を捨てたり洗濯物をかたずけて。
けっこうすっきりした。

でも、もっと部屋を有効的に使いたいとです・・。

自分は「家で勉強できない流派」に属してます。
高校のときによくつかってたのは予備校近くのミスド。
ほかに学校の自習室だったり。
家に帰ってからはほとんど何もせず。
たぶん電車の中で勉強してた時間のほうが
家で勉強してる時間より長かったはず。

そして現在。
まったく同じ。自分の机じゃ勉強できん。

これじゃいかん・・。と思ったことも掃除した理由の1つです。

家は休んだりゆったり時間。
外は行動したり本読んだりする時間。

大学に入ってから(とくに引っ越してきたあとの家では)
家の中ででぼーっとすることが多くなっていたので。

もっと外に出よう!

自分が強制だと思わない強制力を
自分にはたらかせることが
行動の第一歩なのかも。

嫌々やる強制力だと続かないし。

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言い訳になってしまいそうでやめた

ブログを書いてたんやけど
言い訳になってしまいそうなのでやめました・・・。

短いけど
今日のブログはこんだけで。

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第三部)サイドチェンジ

ちょっと昔のブログにも書いたんやけど
自分はシュートを打たないでパスばかりだ。
ってのを書きました。

だからシュートを打ちたい”!!って思いながらも
どうすればいいのかわからない・・。

そこで発想の転換というかもっと対極的に見て

パスをしてばかりじゃ点は入らない
でもサッカーはひとりでするもんじゃないから
パスを出すこともシュートをうつことも大切

もし自分がディフェンダーだとしても、展開が行きずまっていればサイドチェンジすることも大切な役割となる。そしてディフェンダーだとしても前線まであがらなくちゃいけない場面が必ずくる。

どうしても点がほしいとき
仲間から絶好のスルーパスが前に転がっているとき
そんなときにあがらない奴はサッカーはできない

場面を読んで状況を把握して
前にあがる勇気をもって
シュートを打つ!!








と、こんな感じかな?

延々と書いてきたけど。
これはこの日にお会いした人と
話したことを思い出しながら書いてます。

大学のサークルの先輩なんやけど
話してたことはこれだけじゃなくて
ほかにもいろいろ(雑学も^^)話が出来て
とても有意義な時間でした。
何より話してるのが楽しかった。
大げさでなくいまこの時間にこの人と出会えてよかった
と本当に思いした。感謝。



でも、自分って人と話してることとか
すぐに忘れてしまう悪い癖があるので
思い出してこのブログを書いてます・・。
うーん。ちょっとまとめきれなかったところがあるんやけど・・。

このブログは自分が考えるためのツールの1つ。
もっともっと活用させていきたい。

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第二部)理想と現実 そのギャップを埋める

じゃあなんで無意識じゃないようにするか。考えて行動するか。

それは「考えること」と「行動すること」の2つがなくなってしまえば
その人が成長・進歩することができなくなってしまうからです。

すべての前提として「成長していること・憧れに近づくことって楽しい」
って思えることがあるのですが。

人は<strong>?理想</strong>と<strong>?現実</strong>を考えて、はじめてその<strong>?ギャップ</strong>に気が付きます。

<img alt="gyappu.gif" src="http://www.sports-life.jp/mt/archives/gyappu.gif" width="300" height="300" />

?まず「こうなりたい」という理想を考えて=目的・目標意識

??それをいまの自分を比べる。=現状把握(自己嫌悪にもつながりますが・・)

?そして、そのギャップを埋めるために考え、行動する。

<strong>進化の反対とは何か?それは、退化ではなく無変化である</strong>


じゃあどうやって<strong>?そのギャップを埋めていくか</strong>

そこで考えることと行動することをイメージ化した下の図を見て下さい。

<img alt="koudou.gif" src="http://www.sports-life.jp/mt/archives/koudou.gif" width="300" height="300" />

行動×思考=成長 だとすれば
その両方を増やしていけば、成長の幅(面積)が増えていく。

ただ、行動することと考えることはどちらか一方では駄目。
どっちかが極端に少なくなってしまうと、面積を考えた場合にとても小さくなる。

人によって「どっちが得意」というのがあると思います。
でも、行動するだけじゃだめで、考えるだけじゃだめ。
考えているときは、行動することを忘れてしまいやすい。
その逆も然り。

そして、具体的に<strong>?のギャップを埋めるための方法</strong>

1つは「目標の人を持つこと」

この人のこんなところがいいな
あの人のここに憧れる
あんな人になってみたい。

自分のまわりに具体的なイメージとして目標を持つことで
いまの自分に足りないものが見えてくる

そして、その憧れの人がどうやってそうなったのか
(成功の秘訣・・?とも言えるかな)をまずは聞いてみる
まねできるのであれば真似る。
同じ本を読むでもいいし。習慣を真似てみてもいい。

あとは日記をつけたりすることで日々の成長を省みる。

「今日は考えていたか」
「今日は行動することが出来ていたか」

その2つを心がけることで、毎日を充実させていきたい。

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第一部)行動に伴う理由。 人は無意識に生きている

きょうはちょっと長いのでいくつかに分けて書きます。

「わたしは~だと思ったから今日~したんです」

生きていくことすべてに理由があるとまでは言えないけれど
何にだって訳があるって思わなきゃ流れていく時間がもったいないじゃないですか。

今日一日布団から出ません!
疲れてるんです。今日くらいはのんびりして疲れを取ります。
って思っているのと
気がついたら夕方でした。
何もしてません。一歩も外に出ませんでした。
って思うのとでは差があります。

これが<u><strong>「行動に伴う理由」</strong></u>

休みの日とかはとくに一日中ぼーっとテレビやネットをみてて、
気が付いたら時間が過ぎてることがたまにあります。

目的(理由)をもって行動する
人間は弱い生き物だから、考えないほうが楽だし
動かないほうが楽だと思います。

じゃあ何で考えるの?行動するの?
それは第二部に。

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「滋賀においでよ」

うちの母方の実家が<a href="http://www.tamukichi.jp/contents/drive_2004_12.html">滋賀県の木ノ本町なのです。</a>

さっきテレビで近所のパン屋「つるや」が紹介されてたので。たくあんが入っている「サラダパン」 食べたことないなぁ・・・。このパン屋さんでは、自分が小さい頃から弟といっしょに駄菓子を買ったりして遊んでいた思い出があります。
ちょっと懐かしくなって行きたくなりました。

そこで実家に帰るだけじゃなくて滋賀を楽しもう!と思い立った所存です~。

では滋賀では何がお勧めか・・?
やっぱりベタですが琵琶湖です。

とくに琵琶湖に聳える山々に夕日が沈んでいく様は絶景です。
近江のとあるホテル(名前は教えません・笑)の頂上階にあるレストランからその夕日を見たときは自分の今までの琵琶湖のイメージが一新。また違った琵琶湖の姿を魅せてくれました。

<a href="http://www.okeihan.net/live_cam/">ライブカメラでも見えるみたいです。</a>

ドライブもしてみたい。もっともっと知りたいなぁ。

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学生から始まるスポーツビジネス

ベンチャーにしても何にしても
ビジネスをするのに必要なことは

世の中が何を求めているか

自分達が何を作ることが出来るのか

の2つ。

いま後輩が進めているフットサル事業は
今までやってきた感触やアンケートなどを見ると
求めている人は少なくない。

ただ、そこで彼らが何を提供できるか
どこまでのものを提供することができるか。

学生がもっているものって何なんだろう。
時間?アイデア?感覚?勢い・・?

資金や物量ではかなわない。

自分も同じことで悩んでいる。
「金がなければ頭を使え。頭がなければ、汗をかけ」
という言葉を考えなくてはいけないと再確認した。

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大阪から帰ってきました

一週間ほど大阪におったんやけど
その間に親戚にあって小学校時代の友達にもあって、
大学時代の友達とはいっしょにお好み焼を食べたり呑んだり。

そこであれっ?とおもったこと。

東京に帰る新幹線の中で気づいたことは
大阪にいるうちに自分の精神状態がとても落ち着いていてることが分かる。

年末ちょっと調子がわるかったのが
だいぶ良くなった。

このブログもいままではうだうだした
自分の葛藤とか苛立ちだったのが
ちょっとした笑える愚痴にかわってるくらいに・・?

カップルでラーメン屋にラーメン食べに来てんじゃねーよとか(笑)

やっぱり人に会うことによって、自分が変っていくことが実感できる。

変っていくというか研ぎ澄まされていく感じ。
ずっと一人でいると自分の心の色が濁っていくのがわかる。

その心が人と会うことで清んでいく。

そういう人と今までたくさん出会えてきたことが嬉しいと
いま振り返ってそう思えることが、自分が変ったということ。

「この人と話したい」
「こいつと呑みたい」

そう思えるやつ(人)がいる。

自分が一番話したいと思っている人とは
まだちゃんと話せていないけど。
それも今年中にどうにかしようっと。

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大胆予想 宮城球場の新しい名前(ネーミングライツ)

>宮城県の浅野史郎知事は4日、楽天イーグルスの本拠地となる県営宮城球場(仙台市)の命名権(ネーミングライツ)導入について、球場名に「宮城」を入れることを条件に、導入期間原則3年、募集金額年間1億5000万円以上とすることで楽天と基本合意に達したと発表した。近く楽天と基本協定を締結、売却先企業を公募する。

さて。どこになるのかをちょっと考えてみよう。

ネーミングライツの効果を考えた場合に、一番大切なのはパブリシティ効果(どれだけマスコミ媒体に取り上げられるか)。これは新規参入の球団@東北 ということである程度は期待できる。

でも、オリックスが使用していたYahooBBスタジアムを考えてみると・・

正直、今までインターネットを使っている若者層であれば、YahooBBという名前をある程度知っていただけに、それ以上の効果があったとは思えない。野球のファン層(40~60代)を考えてみても、直接的な販売促進に繋がったどうかは(自分の主観的に見れば)あまりなかった。

それはオリックスとYahooBB(ソフトバンク)という2つの会社はお互いの狙いも戦略も違っていて、お互いの相乗効果などを図ることもできなかったからである。

まあ最悪なのはオリックスという球団自体にも魅力が(ついでにやる気も)なかったことですが。


そこで、考えられる<strong>「宮城球場の新しい名前」</strong>

<u>第一候補は 有線ブロードバンド</u>

ダイエーor西武の球団買収か!という話があった有線さんは野球というコンテンツがどうしても欲しい。
でも西武買収には暗礁に乗り上げた感がある。
そして、楽天イーグルスとしても楽天だけでネット放送に掛かるサーバーやシステムをすべて自社で揃えるにはお金が掛かる。

そこで両者が組んでいけば。

有線は有料放送でイーグルスの試合が放送できればいい。
楽天は会員を増やせればいい。

とても強引な考えですが、両者が組む理由にはなってるかな・・・?

<u>第二候補は インテリジェンスやエンジャパン(人材派遣会社 系)</u>

人材会社ほど会社のイメージが重要になってくるとこはないんじゃないかなぁ・・。
転職する人はなるべくいい条件で転職したいと思っている。

こんな人材会社聞いたこと無いよ というところに自分の運命を預けることなんてしない。

それはリクナビネクストやスタッフサービスを見ても分かるように
就職(転職)希望者が登録するサイト(会社)は企業名を知られていて、企業イメージの向上を常に心がけていなくはいけない。

そしてまた楽天とのつながりをみてみると・・

楽天はこの前「みんなの就職活動日記」の会社を買収。
ソフトバンク&リクナビへの対抗心を燃やしている。

そこでリクナビ(リクルート)と対抗しているインテリジェンスさんやエンジャパンさんが球場名の購買と共に楽天との相互的なパートナーシップを目指していく・・・・。


<u>第三候補 うーん・・・。ネット系の会社かなぁ・・(w</u>

ここまでくるとネタ切れ。
ホリエモンが買わないかなぁ(笑)

できれば仙台に拠点のある会社が買ってくれたほうが
楽天の球団イメージアップとしてもメリットがあると思うんだけど

でも好き好んで楽天と心中しようとする(新しい)会社ってあるかな・・。

オリックスがそうだけど、球団のイメージがそのまま球場のイメージになっちゃうしね。

オリックス=人気ない=球場に人はいらない
=YahooBBスタジアムが閑古鳥=YahooBBにも悪いイメージ

こうなっちゃうとネーミングライツもやめたくなるよね。

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素直になろうよ

いま素直になれないと
ずっと素直になれないよ。

長年同じ場所にいた人達でも
素直になれなくなってしまう時があるんだと思う。

そのまま素直になれなくて
ずっと言いたいことを言えなくなって。

「言いたいことがあるんだろうけど、言えないんだろうな」

それが分かるだけに少しもどかしかった。

40年や50年ずっといっしょにいたとしても分かり合えない関係。
自分にはまだわかる事のできない感情かもしれないけれど

そうなってしまった原因はいつ頃なのか。

それが「素直になれなかった時」だと思う。

きっかけは何なんだろう。
どんな場面だったんだろう。

自分もそんな時がなかっただろうか。
それを考えると人と一緒に生きているという
この時間は一瞬一瞬を大切にしなければと思う。

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「幹事なんてやるキャラじゃないから」

この日は小学校時代の友達と飲んでました。
ブログ書いてるのは5日なので、ちょっと過去形。

一日前に「飲まへん?」ってメールして
飲み店決めるのもいいかげんで、みんなの終電なんてまったく気にしてなくて。
それでいて自分は昨晩から続く胃痛で酒飲めず。

駄目駄目な幹事でした。
そんでもってこの台詞。

「幹事なんてやるキャラじゃないから」

あー。逃げだなぁ・・。

でも8人集まってくれて。昔話に花を咲かせて。

「こもって彼女の誕生日に年齢と同じ数のバラの花を贈ったんだよね?」

初耳です(笑)

思い出したくない話もあって、そのとき自分がどう行動したのかもゆっくり思い出しながら。小学校時代の自分と今の自分って根本的にはあまり変ってないのかも・・とかおもってたときに友達から「お前小学校の頃とまったく変わってないなぁ」という言葉を受けてちょっとショックだったりしながら。

なかなか会えなかった友達に「会えたこと」
自分が忘れていた思いを思い出せたこと。

それが収穫でした。
次はちゃんとやろう。

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悪い「未来」を予期するな

今日この本を読み始めました。


<img alt="4883993507.09.LZZZZZZZ.jpg" src="http://www.sports-life.jp/mt/archives/4883993507.09.LZZZZZZZ-thumb.jpg" width="120" height="177"/>

<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883993507/como-22">「不安イライラクヨクヨ」がなくなる本―タフな自分をつくる心理技術
</A>内藤 誼人 (著)


一日で一番印象深かったことが「本」で読んだことってこともまたありかな。
その第一章目を読んで考え込んだ。

<u><strong>悪い「未来」を予期するな</strong></u>

悪い風に考え込んでしまってる時が増えた。
そして、前向きに考えてるときですら「世の中そんなに甘くない」と考えてしまっている自分がいる。

無意識にポジティブなだけが長所だった自分がいつのまにか
それができなくなっていた。

想像すること。

たとえば入社後にどんな自分を想像しているかとか、「自分が次に付き合う彼女ってどんな人なんだろ」って考えたときも「本当に自分はその人を好きになれるんだろうか」なんて考えてしまう。

馬鹿げたほどネガティブ。無神経。
「獲らぬ狸の皮算用」
しかも悪いほうへ悪いほうへと皮算用してしまっている。

バラ色の未来が開けてるなんて考えちゃいない。
でも、幸せに生きていけることはできるはず。

今度付き合った人を前に付き合った人より好きになれるのか。仕合わせ(幸せ)になれるか。

前向きに考えるしかないやん。
だって前を向いてるほうが楽しいってことを知ってるから。

それにしたがって、夜中に小学校時代の友達にメールしました。
用件は「明日飲まへん?」

自分の小学校時代を考えたら思い出したくない思い出のほうが多いかもしれないけど、それでも動きだして。明日会ったときにみんなで笑って話している場面を想像すればその場も創造できるかなーってちょっと前向きになりました。うん。気張ってこう。

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さて。気張っていくか。【今年一年の志】


去年一年はトボトボと歩いていた一年でした。
厄年(数えで24)にふさわしい?一年だったような気がします。

ゆっくり、うつむいて、地面だけをずっと見ながら歩いていた。
たまに空を見上げたら、大きな月が見えたような

人生を駆け抜けることを身上にしている自分にとって
少し歯痒い時間でもありながら
そんな時間(一年)も必要だったんだなって。

歩いてしまっていたことも
自分に自信がないことや
まわりを信じれなくなることも

すべては自分に責任があったんだと

やっとふっきれてそう思えるようになりました。

自分が悪かった ということはまだすべてにおいて意識できているわけじゃなくて
無意識に、認められずに拒否反応を示してしまうこともあるけれど

そんな想いを込めて今年の目標は

<u><strong>「人にやさしく、自分に厳しく」</strong></u>


<u>自分に言い訳をしない</u>

~のせいで~ができなかった
~があればよかったのに
~なんて

遅刻したとき
約束(納期)を守れなかったとき
人と話すときの自分の態度や
目標を達成できなかったとき

言い訳は人のためにするんじゃなくて
すべて自分のために行ってきていたこと
それは自分を甘やかしてしまうこと

自分の悪いところをちゃんと見て、それを認められるようになろう。

そうすれば自分を少し好きになれるかもしれない。
人にもやさしくなれるかもしれない。

言い訳をしない。
自分の悪い部分を見ないで
すべて人に依存してしまうと

自分は変われない

思い出すのも辛いけど、
身をもって教えてくれた人達のためにも。


<u>人に言いたいことは言う</u>

矛盾してるかもしれないけれど、人に対して言いたいことは言えるようにする。
自分が「何をしてほしい」「どう思っている」ということを言わないと
どんな人間なのかわかってもらおうことはできない。

当たり障りのないことばかり話してきた。作り笑顔も。
そんな会話が必要なときもあるけれど。自分から話してくようにしないと
いつまでたっても何も変らない。

はぐらかさないでありのままの自分を見てもらう。
怖いけど、大切なこと。

サッカーで言えば「シュートを打つ!」
シュートを打たないと点が入りません。

<u>人を診る</u>

「ひとをみる」
たとえその人のことを思って、自分の言いたいことばかり言っていても、
それはその人にとって辛いことかもしれない。

それは、その人のことを考えてるようで考えていなかったってことも去年一年でわかったので

「自分本位」が悪いことじゃないけれど、この人がどういう人なのか。
ということをまず診ないと、お互いの掛け合いができなくなる。

<u>何を考え、何を大切にしていているか。
そして何のために怒って、泣くことができるのか。</u>

「この人はこんなことが好きなんだ」ってことが分かると
とても嬉しい。

以上3つ。ハードルは高いけど・・気張っていきませう。

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